だけど、ぶんぶぶん!!!! それでもしゅわしゅわ!!!!☆彡

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「この世界」の中で、意識を持った時、私はむしろ、好都合だと思ったのですよ。
けして、私の罪は許されるものではないでしょうけど、あなたは笑って、
「ありがとう」って言ってくれるのでしょう……。そう言われる事自体、私にとって
は身を引き裂かれるような思いに囚われる事だったのです。最初から、仮初めの
世界であると気が付いていましたが、それでも、もう一度あなたに会う事ができた
のですから…………。
「ジェイド、浮かない顔だな、お前らしくもない。ユリアの事で悩んでいたか」
「私はあまり表情を変えない主義ですが。陛下はお見通しということですか」
「お前は、この世界の存在ではない、そんな事は気が付いていたさ」
「陛下……」
「むしろ、この俺だって、そうだったらいいのにと思った。だが、俺たちは
いわゆる駒にすぎないんだろう?」
「私は、駒であることに気が付いてしまった駒です。だからこそ、彼女を救いたい
と思った」
「彼女の中にいる、別の存在、なんじゃないのか? サザンクロスでも、あの
中にいるのがオトコだって気が付くだろ」
「私は、自分の罪を償いたい。永遠に許されないことだとしても。だから、
この世界の駒になることをあえて臨んだ」
「そいつに、殺されたいのか?」
「それもいいでしょう。だからこそ、ガルディオスを裏切り、ユリアを裏切った」
「じゃあ、なんで浮かない顔をしている?」
「元の世界の私は、こんな時に何をしているのでしょう、と。なぜ、彼自身が
この世界に来なかったのか、と」
「そうか。お前の浮かない理由がわかって来た。元の世界に残っているのが、
自分の偽物で、ここにいる自分が、本物なんじゃないのか、ということか。
お前らしい試練だな」
「そういうことです。どちらにしても、この”私”という存在は、どんな世界に
出現したとしえも、”私”でしかありえない。そんな確たる自負があります」
「それは怖いな……劣化しない存在、か。まるで、神、だな」
「私は神になるつもりはありませんでした。ただ、妹の人形を、元に戻したかった、
それがはじまりに過ぎなかったのです」
「で、お前はどうするつもりだ? やはり、殺されに行くつもりか?」
「あの子はかしこい子ですから、私が本物であることにすでに気が付いている
はずです……。だからこそ、あれだけ打ちのめされていた。ですが、状況としては
私を倒さざるを得ない。何しろ、私はユリアの力を手に入れようとしている、
悪の譜術使いですからね」
「やれやれ……。どう言っても説得されないってことか。だがな、ジェイド……。
これだけは分かっていてほしい。お前が死んだら、俺が悲しむ。それに、あのバカも
な」
「三人だけ、とは……。それにアレは、悲しむことなんかありえませんよ。
むしろ、私のレプリカでも作って、さらに墓穴を掘るだけです」
「ありえるな、それは。じゃ、皇帝勅命で、死ぬな、と言われたらどうする」
「あなたを殺してさしあげるだけです♪」
「それは無理だな。お前は殺さない。そういう男だ。だから、死ぬな、命令だ!」
「困りましたね……。その言葉、私の偽物にも聞かせてあげたいものです」
***********************************
宝珠に映る映像を見つめていたアニスは、隣で資料を読んでいる大佐を見つめた。
「うそ、ここにいる大佐の方が、偽物……?」
信じられない、と二人を見比べる。
「やはり、そうでしたか……」
何事もないように、資料の埃を払って、大佐が立ち上がった。
「さすが、私ですね。敵を騙すには、まず味方から、と」
「そういう問題じゃないですよぅ、大佐~!」
「これで、彼の目的が分かりました。この世界を、そちらの世界とすり替える
つもりです」
「えーーーーーー!?!?」
ユリアもびっくり、である。
「あの場で、預言がない世界にしてしまえば、この世界もまた預言にしばられる
こともない。レプリカも苦しむことがない」
「……っ!」
「私だったら、世界を滅ぼすことも、やりかねない。……ルークのために……」
「……でも……」
アニスは自分におきかえて考える。そんなことをしたら、イオンにも会えなかった
ではないか。
「そんなことをしたら、大佐は、ルークに会えなくなる、っていうことでしょう!?
それで、いいの!?!?」
「……!」
大佐は目を見開いて、黙り込んだ。
「あの世界には、ルークもいるんだよ!?!?」
「……っ」
大佐は宝珠の中を食い入るように見つめる。どうにもこうにも、そちらの世界へと
行くことができない。
「私だったら、どうする」
大佐は考えをめぐらした。
「いや、ルークだったら……」
(ユリア・ロード……)
頭の中に、その単語が閃いた。
「アニス、ユリア・ロードへ向かいます! 私に、力を貸してくれますね?」
「ユリア・ロード?」
「おそらく、今、その道は、その世界へと導いてくれるはずです! ルークの力に
よって!」
ルークは、おそらく、外郭大地を作る時に、その道も作ったはず。そして、宝珠ならば、
その道を唯一の脱出経路、とするだろう。元の世界に戻るため、の。だとすれば、
逆も可能なはず。
「さあ、行きますよ!?」
大佐は、本物と一寸も変わらない笑みを浮かべながら、眼鏡を正すのだった。
「うっ……」
アッシュは、行く当てもなくクリフォトと化した世界を、捜索し続けていたが、
突然のめまいに一瞬倒れそうになった。なんとか宝剣を支えにして持ちこたえる。
「……!」
一瞬、妙な記憶がフラッシュバックしたような気がした。なぜか、自分は、
真っ白で巨大な建物の中で、一人大勢の軍人達を相手に戦い、そして武器に
その身を刺されて死んだ。
「なんなんだ、これは……宝珠の試練、とかいうやつか? それにしても、
妙にリアルだった……胸糞悪い!」
だが、体力にまで影響を与える程の衝撃は、空想のものとは思えない。
身動きが取れなくなるほどの。
(……おい、屑、てめーは何かあったか……?)
ユリアシティに置いてきたはずのルークに問いかける。だが、ルークの反応が、
いや、存在すら掴むことができなかった。
(何……?! おい、何かあったのか! どうした!?)
さっきの異変と何か関係があるのか? アッシュは一瞬ユリアシティに
戻るべきか迷ったが、かぶりを振った。
「いや、今はあの二人を探すべきだ。それが最善の策のはずだ」
力を借りられる存在は心強い。子供とは言え、いずれはランバルディアの
王家の始祖となるであろう、あの二人を。
そして、そこからなんとか歩き出そうとした時、また別の映像がフラッシュバック
する。
それは……うっすらと目を開けた自分の目の前で、ルークが消える瞬間だった。
「なんなんだ、これは……。ユリアが見せるものか……?」
未来の記憶なのか……? それにしても、リアル過ぎた。体の震えが止まらない。
「……俺は、昔、死んだことがあるとでもいうのか……?」
昔。なぜかアッシュにはそう思えた。未来ではなく。
(……)
答えは自分で見つけだせ、ということか。
「うおおおおおおお!!!!」
アッシュは、悪夢のような映像を振り落すように駆け出した。
「ナタリディア、どこだ……!」
しかし、アッシュは確信する。
そうか。むしろ、お前も立派に王家の血を引く者だったのだ、と。
ルーツは一つだったのだ。
「……」
ナタリディアは、世界の変化によってもたらされた自分の変化に戸惑っていた。
(この光は、傷を癒せますわ……それに、さっきまでは子供だったのに、
大人になってしまいましたわ)
服も一緒に大きくなってくれたのが助かる。ただ、この異変による変化に
影響されたのは、自分だけではなかった。なんとか生き延びた人々は、
新しく備わった神秘の力に戸惑っていた。
「これなら、一人でもライトを探し出せますわね!」
自分が好きな人が、この変化の中で、今はどうなっているのか分からない。
「ライト……。どうか、ご無事で。いえ、私が生きているのなら、
絶対に大丈夫なはずですわ!」
ナタリディアはこぶしを握り締めてすくっと立ち上がる。そして、光の矢を
天に向けて放った。
「この光に気が付いて、ライト……!」
ナタリディアは胸に両手を当てて祈る。
「……あの光は……!?」
アッシュは、見たことのある光の輝きを見逃さなかった。あれは、まぎれもない。
ナタリアの技だ。
「……ナタリア……」
アッシュは急いでその光の方向へと走る。
だが、途中、もしやと思っていた事が現実になった。
目の前には、『もう一人のアッシュ』が立ち塞がったのだ。
「貴様……ライト・M・ランバルディアか……?」
「……そのようだね。どうやら、世界の異変で、僕にも新しい力が備わった
らしい。精霊の力が消えた代わりに、音素という力らしいが、これも悪くない」
「お前……。それは、闇の音素じゃないか……?」
禍々しい殺気が襲い掛かるかのように溢れていた。
「そうだね。とても心地がいいよ。世界の全てを破壊できるかもしれない」
「……お前は、俺の鏡、ということか……?」
たしかに、この世界のライト・M・ランバルディアとナタリディアは、理想的な
アッシュとナタリアであるかのように見えた。いずれは国を作る事を約束されている。
レプリカという存在もいない世界。
「俺の影、ということらしいが、それは違うな。俺は……ルーク=フォン=
ファブレの影なんだよ……! 目の前にいるのは、そいつでなければならない」
「じゃあ、今から僕は、ルーク=フォン=ファブレという名前に変わろう。
そうすれば、お前が僕の影になる」
「……ああ言えばこう言うふざけたやつだ……!」
「僕は、君がほしいものを全て手に入れて見せるよ? 誰にも邪魔されない
自分の人生っていうやつを」
「……あいつは、俺の影じゃなくて良かった……」
そう。俺は、あいつの”器”でしかない。あいつが生まれるために、俺はいたのかも
しれない。
「キムラスカの王家の者がなぜ赤い髪でなければならないのか。それは、
あいつを誕生させるためだったんだ。お前ですら、器でしかないんだよ……!」
「お前はオリジナルなんだろ? だったらなんであいつを殺さないのさ。
居場所を奪われて、憎かったんだろ? 親友や、恋人さえも奪われて」
「ガイは、俺の親友じゃない。それに、人生を選ぶのはナタリア自身だ」
「じゃ、この世界にいる全てのオリジナルっていうのは、レプリカのための
器にすぎないんだな」
「……俺が殺したいのは、貴様の方だな……。それじゃ、レプリカ世界を作ろうと
する、ヴァンと同じだ」
「それじゃあ、僕と同じ意見だ。僕もお前を殺したいね。そうだ、こういう顔で
なら、どうかな」
目の前にいるその敵は、長い髪を自分の剣で斬った。
「アッシュ、俺……本当は、あんたが死んでほしいほど、憎いんだ」
(……!)
アッシュは歯ぎしりをした。宝珠の試練というものは、どこまで極めようと
するのか。
「本当の、あいつなら……。俺すら殺すのを躊躇うやつだよ。それに、お前が
死んだら、悲しむやつがいる。そうだな……ナタリディアと言ったかな」
「……!」
今度が相手が躊躇する番だった。
「お前は、この世界で、キムラスカの王となる身なんだろう? だったらそうすれば
いい。お前自身の人生を見つければいい」
「……」
目の前にいる、ルークの姿をした敵は、元の長い髪に戻って行った。
「……負けたよ。ナタリディアの力を借りるといい。彼女はこの世界のナタリア
だ」
「この戦いが終わったら、ナタリディアを返す。それでいいだろう?
その代わり、頼みがある」
「なんだ」
「お前のその力を、貸してほしい」
「容易い御用だ」
『もう一人のアッシュ』の姿をした存在は、その力をアッシュの宝剣へと
注ぎ込んでいった。
「ふんっ、へたな芝居をしやがって」
アッシュは、誰も居なくなった道を見つめ、決意を固めた。その先で待っているのは
ナタリアであろう。
「……それにしても……」
あの、映像は、宝珠の試練ではなかった。ということは、また別の真実を
表しているのだろう。
「”器”か……。悪くない」
オリジナル、に変わる言葉として悪くない言葉だった。
体は完全同位体であっても、心は別。まるで二人三脚だな、とアッシュは思う。
「俺は……鮮血のアッシュ! ルーク=フォン=ファブレの”器”だ!」
そう。この魂は、自分自身一人だけのものだと。
(もしかして、この世界の元の”器”がある、ということか……?)
アッシュははっとした。そう。そう考えると、あの世界は、”器”なのかもしれ
ない。
そして、その秘密を知っているのは自分かもしれない。
アッシュは身震いをする。では、あの、ルークが消えた瞬間というのは……
……現実にあったこと。
急いで帰らなければ。アッシュは焦る。早くナタリアを見つけ出して
戻らなくては。しかし、ナタリアはすぐに見つけられるだろうと確信
していた。そう、自分が見つけたその時に戻るだろう、と。
「おい、状況はどうなんだ」
アッシュは、部屋から出てきたフローリアンに尋ねた。一応、今のルーク
は年相応の女性であるので、主に様子を見に行くのはフローリアンが
適任だ、という一同の判断であった。まぁ、シグムントにしては、「恥ずかしいから」の一点張り、アッシュに関しては、「俺のレプリカが女だなんて見て
いられるか!」だそうだが。
「落ち着いて、眠っています。さすがに、あれだけの力を一気に使用した
のですから、疲れて同然でしょう。それに、今後はここから動かすには
いかないでしょうね」
「それにしても、まずいな……。ユリアを守る者と、戦う者、別れざるを
得ないのか」
シグムントはどちらにつこうか悩んでいるようであった。
「ま、ここにこいつがいる以上、敵さんからこっちにやって来てくれる
だろうよ。悩む必要なんてあるか」
「そうか! そうですね! それは良かった!」
「……さわやか馬鹿なところは、あいつによく似ているな……」
アッシュは頭を抱え込む。似ているのは顔だけではないらしい。
レプリカじゃなくてもそういう存在はいるもんだな、と思う。輪廻転生とは
恐ろしいものだ、とアッシュは思った。
「おい、フローリアン。俺はこの手の話には詳しくないんだが、俺があいつの
オリジナルだということは、この俺もユリアの生まれ変わりだという事に
なるのか?」
「いいえ。それは違います。いくらその身体が複製されたものだとしても、
魂の複製まではできないのです。僕が、オリジナルの記憶を持っていない
ということと同じです。ただし、魂を複製したとなると話は別かもしれませんが」
「……魂の、複製……」
「魂も身体も、同様に複製できたとしても、それはあくまでもレプリカと
なるでしょう。残念ですが……。ただし、複製じゃないものであれば、
話は別かもしれませんが」
「……」
やはり、この手の話にはついていけない、とアッシュは黙り込んだ。
「ひとまず、俺がユリアの代役を務められない、という事は分かった」
自分が、この世界の中でどのような人生を生きていたか、はなんとなく
察しはついたが。おそらくは、あの赤毛のランバルディアの初代国王に
なるはずの、精霊の血を引く少年。恐らくは精霊そのものかもしれない。
(精霊、か……。だとしたら、俺の魂は精霊の力を継ぐ、というこという
ことにならないか?)
この髪の毛が赤い理由、それはこの世界に焔色のルークと呼ばれる
少年を誕生させるために続けて来た伝統、かと思っていた。
(精霊は、ヒトガタを作り出せるんじゃなかった、か?)
その力が、偽物の預言者を生み出した。もしまだ自分に力が残っている
のなら? ヒトだけではなく、モノも作り出せるのなら?
(精霊の力なんて、使った試しがない。ランバルディアにはそんな話、
伝わってはいなかった。だが、確実に、精霊の力を使える方法が、ある)
「あ、アッシュ、どこへ行くんです!?」
フローリアンは、建物から出て行こうとしたアッシュを呼びとめた。
「あの精霊の小僧を探し出す! 屑が戦えない今、少しは戦力になるはずだ!」
「アッシュさん、さっきと話が違うじゃないですか! ここを僕一人で
守れっていうんですか!?」
シグムントはあわてて後を追いかける。
「戦力が足りねえから、戦力を探しに行こうっていうんだよ!」
「その間に攻めて来られたら……」
「てめえは、命をかけて、そいつを守り抜くって決めたんだろうが!
てめえの覚悟はそれっぽっちのものなのか!!」
「……」
シグムントは武者震いをした。
「僕を甘く見ないでください……・! 僕は一人じゃないんですから!!」
腰の宝刀に手をあてる。そうだ。一番力強い仲間がいた。
「……ルークを……任せた」
アッシュはぼそっと小声で言うと、その場から消え去るように出て行った。
「勝手な人ですね……。とてもユリアのオリジナル……いえ、ルークさんの
オリジナルとは思えません」
「昔のルークになら、似ているんですけどね」
「え!? どうしてそんなに変わったんですか?」
「ルークが、自分の罪と向き合って生きていく決意をしたから、ですよ」
「自分の罪……」
「僕達の旅の話を少ししましょう」
フローリアンは、ルークの眠っている部屋へと、シグムントを招き入れた。
夜もふけこんだ頃、静かに眠っていたルークの容態が急変した。
突然の高熱に、苦しそうにうなされ始めたのだ。
「ルーク、しっかりしてください!」
「ユリア、大丈夫か!?」
冷たいタオルを乗せても、一瞬で乾いてしまう。どんな薬草も効き目が
なかった。
レプリカではないので、音素乖離が起きていないことだけが救いであった。
「うわあああああーーー! ガイ……ガイ……!」
蒲団にしがみつくように苦しみながら、手を空に差し伸べる。
「ユリア……あなたがいつも助けを求めるのは、ガイなんですね……。
自分の来世に、嫉妬してしまいます……」
シグムントは、悔しそうに唇を噛む。いくら看病をしても、自分の名前を
呼んでくれる事はなかった。
『……預言者……ユリアは……世界を救うために、自分の全てを
投げ出すであろう……』
そう、自らの唇で、自らの未来を”彼女”は詠んだ。シグムントは絶句する。
「そんな……! ユリア、今の預言を取り消すんだ……! それは、
譜石から詠んだものじゃないだろう?!」
いや、今までの事で分かっていた。譜石に詠まれた預言は、刻まれたもので
あるのだということを。重要なのは、ユリアからの言葉である、と言う事を。
「……フローリアン、シグムント、俺、分かったんだ。宝珠を作り出したのは、
自分自身だって…………」
差し伸べた手の先に、ゆっくりと『宝珠』が出現し始めた。
「代わりに、この世界を、救うから……」
ごごごごごご・・・・・・と、大地を揺るがすような、大きな音が聞こえてきた。
その場を動けないシグムントの代わりに、フローリアンが外の様子を
見に行く。
「大変です! 外郭大地が、次々と出現しています! ものすごい勢い
で!!」
「ユリア……!」
シグムントは、ユリアを強く抱きしめた。
「君も世界も失いたくない……!!!!」
だが、宝珠はだんだんと力強く光って行く。
「君が元の世界に帰るというのなら、この俺を置いていかないでくれ!
いや、君を元の世界になんて、帰しはしない……!!!!」
魂ごと抱きしめるように、シグムントは彼女を離さなかった。
やがて、宝珠の光が消え、ベッドの上に転がり落ちる。
「……」
シグムントは、腕の中にいるままの彼女を見つめた。
「ユリア……?」
そこにいる彼女からは、何度呼びかけてもなんの反応もなかった。
「どうした、ユリア……!?!?」
「大変です! その宝珠の中に、ルークの魂が封印されてしまったようです」
「宝珠の中にだって……!?!?」
「おそらく、かろうじて全てを投げ出す事にはならなかったのでしょう。
きっと、あの預言は、今現在のものではないのかもしれません」
「……ユリア……」
シグムントは、宝珠を大事そうに抱えた。淡く、命があるかのように
その宝珠は美しく焔色に輝いていた。
シグムントは、彼女をベッドに横たえた。
「ユリア、君をきっと元通りにしてみせる。君の想うガイのようにはいかない
かもしれないけど、僕は……いや、俺は、君に相応しい騎士になってみせる!」
「シグムントさん、その宝珠の中に、ルークの魂が存在していることを
敵に悟られてはいけません。宝珠が壊されでもしたら、ルークも死んで
しまうことになります」
「分かった」
シグムントは凛々しい表情になった。大事そうに胸元にしまう。
「俺は、ここを守り抜く! たとえ、命に代えても……!」
「さしずめ、ユリアの騎士、っていうところですね♪ いえ、ルークの騎士、です
か?」
「その名に恥じないように戦うよ」
「そうだ、時間のあった時に、こんなものを見つけたのですが、今のあなたに
ぴったりの服だと思いますよ。きっと、ルークが無意識のうちに作って
しまったんでしょう」
「なんだか地味な衣装だな……?」
「未来のあなたの衣装ですよ。ガルディオス」
「……!」
「おそらく、この衣装を着れば、未来のあなたの記憶を全て思い出すはず
です。いえ、来世を思い出す、っていうのは妙な表現かもしれませんが、
未来の記憶が蘇るでしょう」
「……」
シグムントは複雑な気持ちであった。未来の記憶を思い出す、ということは
どういうことなのか。ルークとの日々を全て知る、ということに近いのだろうか。
遠慮したい気持ちもあるが、彼女の事をもっと知りたいという好奇心も強かった。
「宝刀に宿る、ガイラルディアの魂はどうなる?」
「あなたの今の魂と同化するでしょう」
「……なら、結構……!」
自分自身をパワーアップさせたい、と思っていたところだった。
「あなた自身、それが天国と思えるか地獄と思えるかどうかは、分かりません
が……。もしかすると、ユリアに対して、敵愾心を持ってしまうかもしれません」
「未来の俺は、ユリアに対してどう考えていた?」
「おそらく、恨んではいなかったと思います。むしろ、その預言のおかげで、
ルークと出会えた事に、誇りを持っていることでしょう」
「……そうか。そうだろう、な……」
シグムントは、その衣装を着る決意を固めた。
「……試されていたのは、俺だったのかも、しれないな…………」
ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの衣装を身にまとった彼は、
すでに力強いパワーを感じさせた。
「フローリアン、いろいろといままで面倒をかけてすまなかった」
「いいえ、僕はあくまでも、宝珠の試練から抜け出す手助けをしたまで
ですよ」
「そうなると、次はアッシュとナタリアって言う事になるのか」
「そうですね。ですが、それは彼らに任せるしかありません。あなたは
ここでルークを守るのが役目です」
「……ったく、アッシュもどこまで気がついてるんだろうな。あえて俺をここに
残したのかもしれないがな」
「こんな地獄のような世界でも、ルークを救うための手がかりは見つけました。
ルークの魂は、アッシュの魂とは別のもの、オリジナルだということです」
「それは、うすうす前から考えていたな。シンクとイオンだってそうだった」
「それが、もしかすると、レプリカを救う道となるかもしれません」
「レプリカを救う道……魂はオリジナルである、ということ……」
シグムント……いや、ガイは、ルークの魂を宿す宝珠をぎゅっと抱きしめる
のであった。
「いったい、どういうことですかあ?! 大佐~!」
アニスは、ルーク達を飲み込んだ宝珠に映る映像を見て驚き、脇にいる大佐
を見つめた。
「……」
大佐は、じっと宝珠を見つめたまま考え事をしているようだった。
「たしかに、私には両親がいない。妹、という存在はいるが、もしかして
血のつながっていない妹である可能性もある」
大佐自身が動揺しているかのようだった。
「もしくは、宝珠を通じてローレライのしくんだ試練だとすれば考えられない
こともない」
アニスは、大佐の声が震えている事に気がついた。
「私には、ネビリム先生と出会った頃から昔の、記憶がない……どうやって、
学校に通うようになったのかも」
どんっ、と壁を片手で叩く。
「大佐……それって……でもでも! 大佐は小さい頃があったんでしょう?
だったら別人なんじゃ」
「私には、小さい頃から“子供である”という実感がなかった」
「……大佐……」
「小さい頃から、魂だけ大人であったのなら、考えられる。この体だけ
器であるとすれば……。あの創世歴時代の書物だってすぐに解読
できた理由も」
何か、大佐の頭の中で、めぐるましい計算がされているかのようだった。
「アニス! 我々も、ここでルーク達が戻って来る前に調べておきたい
事があります。”この世界”のことを!」
「この世界……? 何言ってるんですか? 大佐~」
「私は、過去の私から、ルークを守る義務があります。未来の私として」
そう。自分は知らなければならない。自分自身の過去を。あの、ジェイド=
バルフォアの正体を暴かなければならない。例え、それが自らを破滅に
導こうとも。
********************
「……・気がついたかい、ユリア!?」
「やっと目が覚めやがったか、屑!」
「あれ……? 俺……??」
ルークは、暗い牢屋の中で、一同に見守られて目が覚めた。
「あれからどうしたんだ!? 俺達!」
「フローリアンまで参加して、あいつに立ち向かおうとしたんだが、
全員滅多打ちにされて、気がついたらこんな処だ」
「すみません、導師の力をフル回転させたんですが……」
「ジェイドは……?」
恐る恐る周りを見回す。
「あれからたぶん一日ぐらい経っているが、一向に姿を現さない。
俺達を野垂れ死にさせる気なのかもな」
「でも、そしたらなんで俺まで」
「分からん。ともかく、この牢屋には一切窓がない。外の状況がどうなって
いるのかも分からない始末だ」
「ジェイド……なんで……あいつ、俺の事助けてくれたし、目も治して
くれたし、いいやつなのに! くそっ!」
「馬鹿。あいつ、今も嫌味な処あるだろうが。俺にさえ容赦しねえ」
「でも、ジェイドの嫌味は、理由あることだよ!」
「僕も、そう思います。なんとなく、この牢屋は、避難場所、のような
感覚があります。もしかすると……」
「……戦争、か?」
アッシュはフローリアンを見つめた。
「ええ、その災害から僕らを隔離したんだと思います」
「……!」
ルークは扉を剣で殴りながらこじ開けようとした。
「ジェイド……! ジェイド……・!!」
聞きたい事が山ほどある。どうしてこんな事をしてまで、悪役ぶろうとするのか。
「俺が……俺が、宝珠さえ見つければ…………」
ルークは剣にうなだれた。
「……ユリアって、思った事を物質化できる力を持っているんだった、よな」
ルークは力を試してみようと決心する。
「剣よ、この牢屋の封印を解く鍵となれ……!」
ルークの周囲に光がほとばしり、剣が輝き出すと姿を変えた。
「……あれ?」
ルークは、自分自身に違和感を感じる。右手に力が入らない。
(もしかして、力を使うたびに、自分の何かを代償にするっていうのか?)
左利きで良かった、と思う。これならみんなに気付かれないだろう。
「大丈夫ですか、ルーク。顔色が悪いです」
「だ、大丈夫大丈夫! ちょっと疲れただけだよ。でも、これで開けて
見るぜ!」
ルークは鍵を使って扉を開けた。
「!!!!」
「なんだ、これは!?」
「た、太陽は……!?!?」
一同は絶句した。
世界は、闇に飲み込まれていた。どす黒く渦巻く暗雲に閉じ込められた
ようだった。
「……」
ルークはあの時の事を思い出し、その場に座り込んでしまう。
「屑、しっかりしやがれ!」
「ここって、クリフォト……・?」
周囲には障気が充満していた。
「さすがに、外郭大地はまだないようですね」
フローリアンは、上を見上げ確認する。
「外郭大地……?」
一同は、何も知らないジグムントに説明をする。
「なるほど……。外郭大地っていうものを作って、世界を救ったっていう
ことか」
「まぁ、厳密に言うと、まだ救えてないんですけどね」
「まずは、ジェイドを探しに行こう!」
ルークは立ち上がると、進みだそうとする。だが、アッシュに止められた。
「ここからどうやって探すつもりだ。次に人がいるかどうか分からねえ。
それに、このまま進めば、俺達だって死ぬだろうが!」
「……そうか……」
ルークは周囲を見回す。
「このぐらいの広さがあるんなら、創ってもいいよな……」
次には何を持っていかれるんだろう。でも、創らなければ、みんな死んで
しまう。ルークは覚悟を決めた。
「監視者の街、ユリアシティよ、出現せよ!」
体の中から、音素が駆け巡るような気がした。みるみるするうちに、巨大な
街が姿を現す。
「すごい! さすが、ユリアですね!」
「……」
ルークは自分自身を確認した。大丈夫、今回は何も持っていかれていない。
持っていかれていない、はずだ。
「次、タルタロス……! 俺が創ったって言ったら、ジェイド怒りそうな気がする
けど……」
目の前に、軍用艦タルタロスが出現した。ルークでも信じられない力であった。
どこまで可能なんだろう。
「ルーク、そんなに力を使って大丈夫なんですか!?」
さすがのフローリアンも心配した。これは、きっと、導師の力を使うよりも、
たくさんの音素を使用するはずだ。
「大丈夫みたいだ。なんだろう、この勢いで、外郭大地まで創れそうな
感じ?」
「ルーク、とにかく一端休みましょう。せっかく休める所を創ったのですから」
「……・おう!」
ルークは歩きだそうとした。だが、足が棒のように動かない。妙な格好で
硬直するように、ルークはその場に倒れこんでしまった。
「……」
「おい! 屑! しっかりしろ!!」
「あ、あれ、おっかしいなぁ……」
足が動かない。力も入らなかった。……持っていかれた、か。ルークは
悟る。
「ユリア……いえ、ルーク、僕の背中に!」
「ヒーラーがいないのが残念ですね」
一瞬、ナタリディアの事が脳裏によぎる。今、どこにいるのか、無事なのか。
「しかし、まずはルークを休ませることが肝心です!」
それには、反論する者は誰もいなかった。
「しかし、よくもまぁ、ティアの部屋まで用意しているもんだ」
アッシュは呆れた。他の場所はそのままであるが、ティアの部屋となるで
あろう、この部屋は、調度品まで同じように再現されていた。
「へへ……。だって、ここ、俺の思い出の場所だから。変わる事を決めた」
ルークはベッドに横たわる。
「あの花も、きれいに咲いているといいな……セレニアの花、だっけ……」
疲れたからか、すぐに眠りについてしまったようだった。
「セレニアの花……」
ルークが眠りについた後、ジグムントはその花が咲くという場所へ向かった。
「すごい……きれいな花だ……。こんな花、見たことがない……。外は
暗いというのに」
まるで、ユリアのようだ、とジグムントは思う。そして誓う。自分はここを
守らなければならない、と。
********************
「世界樹、ですか……」
ジェイドは読み終えた本をたたむと、一人ごちする。
「もう一度、行ってみる価値はありそうですね」
そして立ち上がった。
「アニス! 私はこれから、チーグルの森に向かいます。ルーク達の
事はよろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますって、大佐~! アニスちゃんも行きたいですよお!」
「一人で、会いたいんです。世界樹に」
答えを導き出すには、まずそこへ行くしかない。とジェイドは思った。
「ミュウ、ちょっと一緒に来てください! ルーク達のためです」
「なんですの!?」
ミュウは、久しぶりの出番だと、嬉しそうにジェイドについて行く。
「自分自身の事を知りたい、じゃと?」
ミュウからソーサラーリングを借りたチーグルの長老は、考え込む。
「ええ。この世界には疑問が多すぎです。その答えの一つが自分自身に
あるのではないかと」
「この時代において、世界樹の力は失われたも同然なのじゃが。マナの
力はなくなり、音素の力を使う世の中になっておる。世界樹の役目も終わっているようなものじゃて」
「ではなぜ、あなた方はこの樹を守り続けているんですか。いずれ、”目を覚ます”ことがあるかもしれないからじゃないですか」
「……」
「”ルークもまた、世界樹の代理人であるのなら”」
ジェイドはチーグルの長老と対峙する。
「これが、私の立てた仮説です。そして、私がレプリカというものを考えださ
なければ、ルークは生まれる事はなかった。全ては仕組まれたものでは。
預言とはまた別の物によって。世界樹のヒトガタの代理として。マナの節理
によって」
「……」
長老は、眉毛に埋もれた眼で目の前にいる聡い男をじっと見つめた。
「音素、とはつまり、マナなんではないか!」
「……少し、聡すぎるのも考えものじゃ」
長老はよっこいしょ、と石に座り直す。
「いくら、人々によって人工的に生み出されるような力であっても、
それも結局はマナにすぎんのじゃよ」
「……」
「むしろ、この世界のすべては、マナによって創られている、とわしは思って
おる。このわしも、そしてお前さんも含めてな」
「たしかに、人間を分解すれば物質だ。それらの物質もまた、マナとして
考えられなくもない。水というマナとか」
「じゃが、マナをどうとらえるかによって、世界は変わる。そう、マナを音素、
と呼ぶように」
「……」
ジェイドは考える。
「ということは、われわれは、マナの意志によって形作られているとも
考えられますね」
「あるいはそうかもしれぬ、な」
「……たとえば。何度も死んで何度も自分に生まれ変わる存在がいると
します。それもまた、マナの意志であると?」
「それは、お前さんのことを言いたいのかの?」
「いえ……。長老は、輪廻転生という言葉を知っていますか」
「知っておるよ。お前さんが、意外にロマンチストだということには驚いたがの」
「宇宙という存在もまた、そうではないのかと考えているんです」
「ほう、宇宙そのものも生まれ変わると」
「私の仮説ですがね」
「……」
「一つだけ聞きたい。世界樹は、どうやって目を覚ますのですか?」
「わしにもわからん。自分の意志で決めるのであろう」
「それだけ確認したかったんです。では、失礼します。帰りますよ、ミュウ」
長老はミュウにソーサラーリングを返す。
「ジェイドさん、もういいんですの? ミュウには何が何だか、分からない
ですの!」
「世界が、ミュウだらけだったら、平和かもしれなかったですけどねえ」
「ジェイドさん、それってミュウを馬鹿にしてますの!?」
「いえいえー。そんなことはないですよー」
「ご主人さまが帰って来たら、ジェイドさんにいじめられたって言いつけ
ますの!」
「どうぞ? そうしたら、ルークもいじめてあげますから」
「わーーーん!」
ルークの帰還を一番待っているのは、ミュウかもしれなかった。
「一歩前進しましたね」
ジェイドは後ろを振り返って、巨大な樹を見つめる。
「あなたはいつも、嘘をつくのが下手過ぎです。でもまだ、嘘を
させておいてあげます」
死霊使いは、ルーク達が帰って来るであろう場所へと戻るのだった。
「……うっ……ぐっ……こ、ここは……?」
ルークは、体中に残る痛みと共に目を覚ました。ポタポタ、と水滴の
落ちる音が闇に響き渡る。
「牢屋だよ」
正面の部屋と思われる処から声がした。顔をあげると、そこには
昔の自分を思わせるような、いや、正確にはアッシュのような髪の赤い
少年がいた。
「お前は……?」
「俺は、ライト=M=ランバルディア。ミドルネームは、マオ。精霊の血を引く、
とでもいうのかな。俺の家の者はみんな、ミドルネームがマオだ。でも、
ミドルネームですぐ何者かばれるから、ライトって呼んでくれ」
(素直な、アッシュだ……)
ルークは率直な感想を述べて、ぽかんとした。ランバルディア、という
からには、もしかすると、バチカルの王家の先祖ということになるんだろう。
精霊の血、というのは初耳だったが、第七音素と赤い髪、という特別な
要素もそのあたりがルーツなのだろうか。
「迂闊だった……。まさか人間どもが俺の力を利用してあんたのヒトガタを
創るだなんて」
「ヒトガタ・・・・・・」
レプリカのようなものか? ルークは不安になる。この時代でも自分の
レプリカが造られるだなんて。
「精霊なら、精霊の力とかでここを脱出できるんじゃないのか!?」
「同じく言うよ。ローレライの力を使えるというのなら、超振動で脱出できる
んじゃないのか? 仮にもあんた、世界樹から生み出された存在なんだろ?」
「……」
やっぱりなんだかんだと、アッシュに似ているかもしれない、とルークは
にらみ返す。
「ってことは、俺達の力では、どうにもできないってことか」
「そういうこと。あいつは・・・・・・アルバートはその辺百も承知さ。俺達の
力を封印してやがる!」
「アルバート……!?」
ルークは、アルバートの容姿を思い出すだけで全身に鳥肌がたった。
今まで、似たような人物を散々見てきたが、アルバートにいたっては、
声も顔も、すごみにいたってもヴァンとそっくりだった。いや、同一人物で
あるかのように見えた。
(どうなってるんだ・・・・・・。これも、宝珠の与える試練、とかってやつなのか!?)
この世界が、本当の過去なのかどうかも、ルークには分からない。
ただ、ここは、今のルークにとっては現実だ、ということだ。
「なぁ、アルバートは、やっぱりこの世界を滅ぼそうとしているのか?」
「・・・・・・やっぱり、ってどういうことだ・・・・・・」
「あ、いや、さ、その、預言どおりに歴史を進めていけば、滅ぶということまでは
ないんだけど、聞くところによると、昔の戦争はすごかったらしいから、さ」
「まるで他人ごとだな。お前は、いや、俺達は、もうすぐ処刑されるって
いうのに」
「処刑、だって……!? なんで! 偽物はあっちじゃねぇか!!」
「偽物か本物かなんて、あいつらはどうでもいいんだ。自分達のいいように
動くかどうか、ってことだ」
「……!」
ルークは、これでは預言も超振動も、なんの役にも立たない、と思った。
そんな力に頼らずにここから逃げるただ一つの方法……
それは、アッシュ達が助けに来てくれるかどうかにかかっていた。
(ここからは、通信もできないのか・・・・・・)
精霊の力も封印されているのだから、どうしようもない。
(……痛い……)
どこか、傷が悪化しているんだろう。じわじわと、寒気も襲って来る。
誰かに回復してもらわないと、体力も消耗する一方だろう。
「おい、あれがユリアだっていうのか!? 街の人々に、世界が滅びる預言を
してやがるぞ!?」
バルフォアのバリアを破ったジグムント達は、アルビオールで街に突撃した。
アッシュは正面遥かで両手を広げ、預言を告げているユリアをじっと見つめる。
「あれは、ユリアじゃありません! ましてや、ルークでもありません」
ジグムントはアルビオールの上から飛び降りてくると、アッシュの隣に並ぶ。
「昔はレプリカの技術はなかったはず。……そうか、精霊の力を借りる目的は
これだったんですね! ユリアのヒトガタを創る」
「ヒトガタ・・・・・・? レプリカみたいなもんか?」
フローリアンは説明を続ける。
「レプリカは、オリジナルという存在の複製にしかなりません。ですが、
ヒトガタは、無から存在を作り上げる。言わば、人工生命体、です。
ただ単に、ユリアの姿をしているのは、その方が都合が良いからでしょう。
そして、レプリカとは違い、能力に劣化することはありません。本物と同等の
力を所持、いえ、本物よりも力強い能力を植え付けることもできる」
「それはつまり、自分達に都合のいい未来を創れるっていうことですか」
ジグムントは冷汗をかく。ユリアは、ルークはそんな状況を黙ってみている
ままで終わらせるような人間じゃない、と。
『……だがしかし、精霊の子と、我を騙る偽りの預言者を処刑すれば、
世界は救われるよう。人々よ、続け! われらの元に!!』
民衆の歓声に、アルビオールを降りたアッシュ達は思わず耳を塞ぐ。
「なんだと!?」
アッシュはユリアの預言に、耳を疑った。
「おい、我を騙る偽りの預言者、って屑のことじゃねえか!?」
「それに、精霊の子、ともなるとやっかいですね」
フローリアンも息を飲んだ。
「それに、ナタリディアの行方も気になるところです……」
すでに、この人波の中に紛れ込んでいそうだ。彼女に期待するしかない。
「……!」
ルークとライトは、目と口を帯で封じられ、身動きをとれなくされた。
やがて、歓声の渦の中に放り込まれる。
「ユリア……!」
ジグムントは、人ごみの中もがいてユリアの元へと急ごうとした。
だが、民衆の圧倒的なパワーに跳ね返されてしまう。
「ユリア……」
「……まじかよ! 絞首刑、だと!? あの屑……!」
舞台の上には、太陽の光が反射する、巨大な刃の切っ先が煌めいていた。
その時だった。目に見えない速さで、ルークとライトを縛った帯を
強靭な弓矢が奪っていった。
「あっ!」
ルークは身動きが取れるようになったのをいいことに、さっそく暴れ周る。
「スカート、邪魔だぜ!」
ロングスカートの裾を思いきり破くと、動きやすくした。
「ああ、ユリアのイメージが……だいなしだ、あの屑……!」
でも、アッシュは思う。紛れもない、そこにいるのは、ユリアではなく、
もう一人の自分だ。
だが、面白い。アッシュはにやりと笑う。
「ライト、早く逃げて!」
一番高い建物の屋根にいたのは少女だった。
「ナタリディア! すまない!」
「愛する人を守ると言う事は、当然の事ですわ!」
(ナタリアだ……)
ナタリアを知る者誰もが、意見を一致させた。
(……ちょっと待てよ?)
ルークはふと、立ち止まる。
(もしかして、俺、譜歌歌えるんじゃ……?)
もし、有効であるのなら、逃げる隙を存分に作る事ができる。こちらが
優位に立てる。
(……たしか、こうで、ああで、そうだったよな……)
ティアの歌を思い出す。ルークは、たどたどしく譜歌を歌い始めた。
「うわあ、まさか、ルークの譜歌を聞けるなんて」
フローリアンまで驚く始末だ。
「なんだ?! 何が起こった!?!?」
アルバートもダアトも、急に襲いかかる眠気に身動きが取れない。
「お前も歌うのだ! 歌って対抗しろ!」
ダアトは、自分の操り人形に命令をしかけるが、譜歌の力に動けなくなって
しまったようだった。
全員、アルビオールに戻って来れた。久しぶりの合流である。
「この屑! 貴様、ユリアの中に残り続けるって言うんならあらかじめ
そう言っておけ! こっちは心臓がいくつあっても足らん!」
「なんか、ティアを怒っているように見えますね」
「……」
今一つ、この面子といると調子が狂う。アッシュはアルビオールの内壁に
蹴りを入れ、やつあたりする。
「ユリア……いいや、君は、ルークだったんだね」
「ジグムント……。騙していたみたいで、ごめん。たぶん、目的が達成されれば
君の元にユリアは帰って来るはずだから」
「ユリアが、自分の生きる道を見つめられるようになるまで、っていうことに
なるのかな」
「そうかもね。俺も、もうちょっとこの世界にいたいし」
「もうちょっと、か……。それはさみしいな。僕は、君を通じてのユリアしか
知らないし」
「俺は、ユリアの前世らしいから、きっと、本当のユリアさんのことも好きに
なれると思うよ。うん、保障する。それに、あんたは、たぶん、ガイの前世
なのかもしれないから。昔の人たちって、自分勝手な人達ばかりなんじゃないか
って思っていたけど、あんたみたいな人もいて嬉しかった」
「そうか。そう褒められると、ますます強くならなきゃ、って思うよ」
「大丈夫。うん。だい……」
ルークは、いきなり糸を切られた人形のようにジグムントの胸元に倒れこんだ。
「いけない! かなり傷が悪化していたんですね! すぐに治療をしなければ」
「痛い……」
ルークは両手で自分の体を抱え込む。
「うわあああああああああっっっっ」
全身に痛みが走った。特に頭が割れるように痛い。
「いけませんねえ。勝手に私の元から離れようとするから、そういうことに
なるんですよ」
「!」
アルビオールの中に、一人の男が乱入して来た。アッシュでさえ、気配を
感じなかった。
「バルフォア!」
ジグムントはユリアを抱きしめながら叫ぶ。
「貴様、ユリアに何をした!」
「私から離れようとすれば、そういうことになるように」
「……」
一同は、ジェイドのイメージが重なるその人物に躊躇しながらも、
ルークを護るべく、構える。
「ジグムント、ユリアを渡しなさい。さもないと彼女は苦しみ続ける事になります」
「バルフォア! 彼女の中にいるのは、ユリアじゃない! ルークだ!」
「それがどうしたというのです? 彼女は世界樹が創りし者。彼女と一つに
なるということは、世界と契約するということなのですよ?」
「……バルフォア、世界を救いたいんじゃなかったのか?」
「ええ。アルバートではなく、私の世界、としてね」
「なん……だと……? 彼女の意志なんて関係ないとでもいうのか!?」
「むしろ、私は彼女を愛しているという自覚はありますよ。”世界”という、
彼女をね」
「……貴様……!」
「俺……は……大丈夫……だ。痛みなんて気にしねえ……!
バルフォアさん、残念だな……。あんたのこと、すごく信用していたのに」
ルークは苦しみながらも、バルフォアをにらみ返した。
「ジェイドなら、そんなこと絶対にしねえ! あいつなら、俺達と一緒に
戦ってくれる!」
「ジェイド……だと……?」
バルフォアは驚いた。
「奇遇だな。私の名前も、ジェイド=バルフォアだ」
「!!!!」
ルークは絶望の淵に落ちた。どこかで、「もしや」と思っていた悪夢が
現実となってしまった。いや、この世界はどこもかしこも悪夢だらけだ。
「ルーク、しっかりしてください! ここは過去ですよ。そんな昔に、
大佐がいるわけが」
だが、どこかで、大佐ならありえなくもない、と思える自分がいる。
「いや、可能性はある。どこかの譜石にでも、未来永劫生きると言う
預言を詠めば」
「そういうことです」
にっこりと、未来の大佐の笑みと同じ笑みを、バルフォアはした。
「本物の預言者は、私の内にあるのですから」
(もし、同じ力を持つ二人の預言者が、違う未来をそれぞれ詠んだと
したら、どうなるんだろう)
フローリアンは考える。
(人類は、都合のよい方を、選ぶんでしょうね。そしてまた、その預言を
受け入れていくのも人類……皮肉なものです)
そして、ちょっと先の未来もどうなるのか分からないのも、人類。
(預言を創って来たのは、人類だったのですね)
あらためて、皮肉なものだとフローリアンは思う。どういった経緯で、
預言が創られたのか、知っているのと知らないのでは大違いだ。
(いえ、もしかすると、僕達がいる、あの世界すら、そうなのかもしれません)
フローリアンは、遠い未来に、思いを馳せるのであった。
「あんた達はいったい何者なんだ? もしかして、ユリアの兄
か何かか? その赤毛……」
ジグムントはチーグルの森で出会った二人に尋ねた。こう、過去の
存在に干渉できるようになった所を見ると、チーグルとの契約の力が
働いているのだろう。
「兄、だと……あんな屑の兄にされてたまるか!」
アッシュは機嫌が悪くなる。眉間のしわが一層深くなった。
「屑……? ユリアを屑だって……?」
ジグムントは宝刀を身構える。
「まぁまぁ、二人とも、落ち着いて落ち着いて」
フローリアンは二人の間に割り込む。
「……しかし、なんだ、ユリアも赤い髪の毛だったのか?」
「その、ようですね。私もすっかり、ティアのような髪の色だと
思っていましたが」
「おい、お前、ユリアは男だったのか!?」
アッシュの中でルークは落胆した。(アッシュって、案外単純思考
だよな……) まるで、昔の自分を見ているかのようである。
「ユリアを愚弄するな……! ユリアは正真正銘の女性だ!
この俺が着替えさせてやったんだからな!」
「!!!!」
アッシュとフローリアンは硬直する。
(おい、屑、てめえ、ここでもお貴族様かよ!)
どれだけ問題を広げれば気が済むんだ。
(だ、だってさ、その時、俺、目が見えなかったんだもん!
今はバルフォアさんのおかげで見えるようになったけど)
(目が……?)
アッシュは、たった一人で、知らない世界に放りだされたルークの
ことを想像してみた。
(ち、どこまでも世話のやけるやつだぜ……)
これでは怒る気にもなれない。むしろ不思議な感情が心の中に広がる。
「その、ユリアをこれから助けに行くんだろうが」
「そう、だな」
これからが思いやられる、とフローリアンは頭を抱えたのだった。
『本日、ダアト様はあなた様を狙う輩に大変な目にあわされるでしょう』
『バルフォアにご注意を』
「……くぅ~~~~っ!」
ダアトは自分に不利な預言しか詠まない生意気な人形に地団駄を踏んで
いた。
(こやつ、意図的にわしを愚弄しているのではなかろうな)
そう思えて仕方がない。バルフォアから吹聴されているのでは。
「いかがしました? ダアト様」
不敵な笑みで部屋の椅子に腰かけたバルフォアが見つめる。
「わしが詠んでほしい預言はこういうものではない! わしの
輝かしい未来じゃ! そう、たとえばわしが世界を手中に収める
とかいうような」
「輝かしい未来があるかどうかではなく、未来に起こる事実のみを
ユリアは詠むのです」
「未来に起こる事実のみ、だと? ではそれが詠まれなければ
起こらないとでもいうのか……!?」
力ではかなわない。それが悔しい。何がわしの思うがままだ。
今に見ておれ!
ダアトは、自分の研究所へと降りて行ったのだった。
「ユリア、少し休みなさい。あんなものの眼前にいて、疲れたで
しょう」
バルフォアはユリアの髪を撫でる。
『私、部屋に戻る』
「そうなさい。今日はいささかやりすぎた」
『世界は、バルフォアのもの』
「それも、他の者の前で言ってはだめだよ。特に、アルバートの
前ではね……」
『アルバート……』
「やつも、世界を狙っているという話だ。私とはまた別の、ね」
そして、バルフォアはそっとユリアの口にキスをする。
「ユリア……。私は、お前を傷つける未来を許さないだけだ」
一瞬、その表情がジェイドに重なった。
「くそーっ! 忌々しいっ! アルバート、例のものはまだ
用意できぬか!」
研究所の中には、アルバートと呼ばれた人物が、巨大な装置を
操作していた。目の前のケースの液体には、人のようなものが
浮かんでいる。
「今完成したばかりですよ。我々のメシアが。本物の、ユリア=ジュエ
が」
「そうかそうか。よくやったぞ、アルバート」
「捕らえた精霊の力を利用して、ヒトガタを作り上げました。
精霊はこういう事が得意だ。たとえば、火や水、雷や大地などを
ヒトガタ化できる。それを応用しただけです。人のヒトガタを作る」
「む……難しい事は分からんが、ようするに、精霊の力も備えた
最強の預言者だというのだな!?」
「ええ。世界を破壊できるほどのね。ユリアは、障気を解き放ち、
世界を滅ぼすでしょう。自らのその手で」
「まるで、魔物だな……」
ダアトは、自分までも滅ぼされないかと、背筋を凍らせた。
「魔物ですか……。私には、人の方が魔物に見える」
アルバートの瞳はぎらっと輝いた。それに思わずダアトは身震いする。
彼こそが魔物かもしれない、と。
「今すぐユリアをこれとすり替えるのだ。そして、世界にわれらの
力を思い示してやる!」
ダアトは去勢を張って叫んだ。だが、アルバートの方が威圧感があった。
(見ておれ、バルフォアめ……お前の好きなようにはさせんぞ……!)
「『いささかやりすぎた』かぁ。あぶねーあぶねー。バルフォア
さんにばれたかと思ったよ。アッシュ達にもばらしてねえのに」
ルークは、あてがわられた部屋で一人になると鏡の前に立った。
「ダアトのやつ、大嫌いだから、ついつい調子に乗っちまうんだよなぁ」
何しろ、この世界に飛ばされた時、気がついたら彼らに襲われそう
になっていたのだ。
「記憶をなくしてないって、ばれないようにしないとな……」
バルフォアに、記憶を消去されそうになった瞬間、ルークはアッシュの
中にユリアを連れて逃げ込んだ。おかげで今までの自分を保つ事が
できた。アッシュにばれない程度に、こちら側と行き来をしている。
「ユリアさんはアッシュに任せてあるし安全だな。……って、
結局俺がここにいたら同じことなんだけど」
きっと、この世界の事にも責任を持て、と宝珠は言いたいのだろう。
それが俺に与えられた試練なのだとしたら。
(だとしたら)
ルークは考える。
(あの預言を詠んだのは、俺自身)
あのアクゼリュスの事件を綴った預言を。
(だとしたら、俺が譜石にその事を刻まなければ、未来は変えられる
んじゃ)
そのために、”ここ”に残ることにした。そして、自分が生まれない
という歴史も作れるのなら。そのことで、アクゼリュスの人々が
死ぬ事がなくなるのなら。それで許されるというのなら。
トントン、と扉を叩く音がした。
「バルフォアさん……?」
預言者モードを解き、ルークはカーディガンを羽織ってノブを
回す。が……
「ヴァ……ヴァンせんせい…………!? バルフォアさんは、バルフォア
さーーーーん!?!? うっ……」
気がついた時には意識を失っていた。
(なんで、ヴァン、せんせい、が……?)
たしかに、この世界には自分の知っている人達とそっくりな
人々が多い。だが、あまりにもそっくりだった。
「ふ、アルバート流を使えるというから念のためにアンチフォン
スロットを二つ用意していたが、口ほどではないな。未来から来た
者よ……」
アルバートは、ルークと、部屋の入口で力を封じられて気を失っている
バルフォアを抱えると、牢獄へと向かったのだった。
(……おい? 屑……?)
アッシュは、自分の中にいるはずのルークが大人しくなった事に
不安になって胸を押さえた。
(どうした? 返事をしやがれ!)
何があったのか、ユリアの本体に。
「おい、お前ら、急ぐぞ!」
アルビオールを急降下させる。だが、巨大な力を持つバリアに
はじき返された。
「くそっ……」
反撃を試みる。だが、アルビオールが破損していくだけで、
強行突破する事が不可能だった。
ジグムントは、腰の宝刀が光っている事に気が付く。
「何……? お前がやるというのか?」
なんとなく、宝刀に宿るガイの心を読み取れるようになって来ていた。
「そうか。やってみるか。おい、アッシュ、フローリアン、
あのバリアにギリギリまでアルビオールを近づけてくれ!!
この宝刀で一刀両断してみる! この宝刀は折れるかもしれないがな!」
「あいつが馬鹿ならお前も馬鹿か! まったく、ガイと同類だぜ……。
貴様、このローレライの剣を貸してやる! 折るんじゃねえぞ、
これからヴァンを倒す大事な剣なんだからな!」
「……分かった。この剣をお前だと思って大事に使わせてもらうよ」
ジグムントは、アルビオールの頭上にあがると、両手に剣を構えた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!」
空圧すら、二つの剣は切り裂いていく。両脇に火花が散った。
「やるじゃねえか!」
アッシュは操縦桿を深く下げて高度をだんだん落としていく。
「ユリアあああああーーーーーーーーーー!!!!」
バルフォアの詠唱によって守られた鉄壁のバリアは、伝説の刀と剣
で瞬く間に破れていったのだった。
アルビオールは、ダアトの教会へと降下する。だが、そこで、
一同は信じられない光景を見た。
あのユリアが、大衆を前に預言を告げている最中だったのだ。
その傍らでは、ダアトが不敵な笑みを浮かべながら。
(ごめん。みんな。俺、みんなに嘘をついてるんだ。ごめん・・・・・・)
ルークは一人、アッシュに悟られないように呟いた。
「まさか、あなたともチーグルの森へ行くことになるとは思いませんでした。
ただ、今の私の名前は、イオンではなく、フローリアン、ですが」
フローリアンは、一度来たことのある道を、案内するかのようにアッシュを
導いた。
「俺だって貴様となれ合うつもりはさらさらねえ。ただ、この時代に紛れ
こんでしまった以上、貴様とはぐれたら足手まといになるだけだからな」
「・・・・・・ふふ」
フローリアンはそんなアッシュの事をほほえましく見つめる。
「・・・・・・なんだっ、人の顔をジロジロ見やがって。胸糞悪い!」
「そんな、悪態の付き方が、まるで昔のルークみたいで」
「・・・・・・俺は、俺だ。あいつの方が真似しやがってるんだろうが」
「それでもあなたはやっぱり、ルークのオリジナルなんだなぁって思いますよ」
「・・・・・・みんな、この俺を、あいつを通して見てやがる。気分悪い」
「きっと、この僕も、オリジナルのイオンがいたら、そう思われていたんでしょう
ね」
「・・・・・・」
つっかかっても軽くさばかれてしまう。ルークに喧嘩を売る時とはまた違う。
「ほら、この辺に大木があるはずです、が・・・・・・」
「・・・・・・ねえ、じゃねえか」
フローリアンは立ち止った。日が射すその森の中に、あるはずの巨木が、
ない。
そこにあったのは、今にも折れそうな、頼りなく枯れた木だけだった。
「マナが枯渇しかかっている・・・・・・? そうか、世界が終ろうとしている
んですね」
「ミュウ!」
枯れた木の後ろ側に、見たことのある獣が顔を現した。紛れもない。
チーグルだ。
「ミュウミュウミュウミュウ!」
瞬く間に増殖するように増えて行き、その枯れた木を守るように円陣を組む。
「まいったぜ・・・・・・。ソーサラーリングがねえと、言葉が通じねえじゃねえか。
そもそも、ソーサラーリングなんて、いったいどうやって作られたんだ?」
「ミュウミュウミュウ~~~~~~!!」
一斉射撃を加えようと、チーグル達は火を噴く構えをする。
「待って下さい! 僕達は、あなた方の助けを借りに来たんです。僕達は、
未来から来ました! あなた方の樹を救うために!!」
「・・・・・・ミュウ?」
一匹のチーグルが、ひょこひょこと黄色いリングを持ちながら近寄って来た。
そして、ポンポン、とリングを叩く。どうやら、このリングに触れろ、と言っている
ようだ。
「アッシュ、どうやらソーサラーリングは第七音素と同調するようです。チーグル
と契約している、ユリアとルークがあなたの中にいるのなら、あなたが持つのが適任です」
「ちっ、面倒なもんだな・・・・・・」
アッシュは仕方なく、ソーサラーリングに触れた。光がほとばしり、チーグルの
言葉が流れ込んで来る。
「我々は、ユリアを創りし世界樹を守護する者。お前の中に、ユリアはいるのか」
「・・・・・・世界樹が、ユリアを創った、だと?」
アッシュは耳を疑った。アッシュの中にいる、ルークもまた。
(俺は・・・・・・俺と言うか、ユリアさんは、世界樹が創った・・・・・・?)
ルークは、隣にいるユリアを見つめる。ユリアは目をつむったまま、何も
言わなかった。
(だから、突然現れたかのように存在した・・・・・・? 俺達レプリカみたいに、
創られし者・・・・・・?)
だからこそ、生まれてすぐに言葉が話せるようになった、という伝説が
残ったりしていたのか。
「我々は、ユリアという存在に、マナの命運をかけることとしたのだ」
「ということは、ユリアは精霊なのか?」
「・・・・・・違う。ユリアは、世界の代弁者」
彼女の生き方全てに、世界の命運が委ねられているというのか。
「世界を破壊するも、創造するも、調和させるも、彼女次第」
(・・・・・・)
アッシュはそんな存在を内包してしまっている自分に身震いする。
「こんなやつらに、力を借りるというのか、てめえ!」
アッシュはフローリアンの襟元を握った。
「ユリアと世界樹を味方につけるということは、僕達が帰るために
必要なことなんじゃないかって思うんです」
「だからと言って・・・・・・」
ルークがユリアの生まれ変わりだとしたら、またルークにも同じ運命が
降りかかるのでは。そのオリジナルである自分にも。
「どうするのじゃ? 我々が味方につけば、世界に残る全てのマナの力を
そなた達に与えよう。世界の歴史に関与する事も可能となる」
「・・・・・・悪くねえ、な。こんな、世界、ぶった切ってやる!! 人一人に命運を
かけるような世界なんて間違ってるぜ!!」
それはまた、向こうの世界での、ルークにも言える事だった。
「アッシュ、あなたは本当は優しい人なのに、ヴァンに教育されたために
口が悪くなってしまっただけなんですよね・・・・・・」
「・・・・・・くっ・・・・・・」
どこまでも、ルークというフィルターを通して見られている自分が悔しかった。
「仕方ねえ。こうなったら、とことんこの世界に関わってやる!! そして、
元の世界に戻ってやる!!!! ユリアが世界と同じ価値のある存在なら、
この俺だってそうだ!」
どういう理屈か分からないが、アッシュの中で納得したようだった。
「ユリアがどうしたって・・・・・・!? そこに、ユリアがいるのか……!?」
一瞬、アッシュはガイが現れたかと思った。だが、身にまとう雰囲気や
装備の様子からして、彼ではないと悟った。
「俺は、ガルディオス。ユリアを護る者だ……。よかったら俺も仲間に
してもらえないか? ユリアがここに来いと言ったんでな」
「ユリアが・・・・・・?」
ルークは、今までのいきさつを簡単にアッシュに説明する。
「なるほどな。ユリアの本体は、ダアトにある可能性が高いわけだ」
「・・・・・・本体・・・・・・?」
「説明は後だ! チーグルの力も借りられたし、さっそくダアトへと向かうぞ!」
「ほう~。これが噂の預言者ユリアかいのう。またしてもとんだ別嬪さん
やな。わしの好みじゃ。今すぐにでも結婚したいぐらいじゃ」
ダアトは涎を垂らしながら、ユリアの顔をジロジロと眺めた。ユリアには
なんの反応もない。
「本当に、わしらの意のままに動くのじゃな?」
「はい。そのように洗脳いたしました」
「でかしたぞ、バルフォア。ではさっそくためしに・・・・・・。わしに跪け、
ユリア」
『はい、御意のままに』
ユリアは人形のように項垂れる。
「ふはははは! これで世界はわれらのものも、同然じゃな!」
『ダアト様、何者かがこちらへ向かっております。ダアト様のお命が危ない』
「・・・・・・命が危ない、だと!? ふざけるな!! その余計な口は塞いでやる!」
「ダアト様。おふざけも程々にされないと、今すぐその預言のとおりにしてさし
あげますよ?」
バルフォアが制した。
「ちっ。少し強いからといって、このわしが手を出せないと思ってそんな口を
・・・・・・」
(そうか。ガルディオスがこちらに向かっているのか。だが、ユリアは
お前ごときに渡しはしない!)
バルフォアは、詠唱を唱えはじめたのだった。
「……しまった、もぬけの空だ……! バルフォアが言っていた、
ダアトを敵に回す、というのはこういう事だったのか……!!」
誰もいない気配に、扉をぶち破って侵入したジグムントは、ユリアも
いないことに絶句した。
「どういうつもりなんだ、ダアトは、帝国と敵対しているというのに!」
心臓の鼓動が高鳴った。悔しさで汗が滲む。
「世界を救いたいんじゃなかったのか、バルフォア……」
同じ志を持っているかと思っていた。なのに。
「ダアトなんかに組みしないと思っていたのに」
拳をテーブルに叩きつける。ふと、キラッと光るものに気がついた。
「お前……お前は、残ってくれたんだな……」
まるで、心の友であるかのようにジグムントは自分の剣を手に取った。
「ん? 何か手紙がはさまっている……」
ジグムントは広げて読もうとする。だが、まるでそれは異国の言葉の
ようで、解読するのが難しかった。何かを伝えようとしているのは
確かだが、おそらくユリアによるものだろう。今の言葉に近いものが
あるが、そのたどたどしい筆跡は、女性というよりも男性のものの
ような雰囲気もあった。
「バルフォアなら、流暢で洗練された筆跡のはずだ。……そうだ、
サザンクロス博士に解読してもらおう」
自称バルフォアのライバルを謳っている、鬼才サザンクロス博士に
接触するのはいささかためらわれたが、この際手段は選んでいられない。
性格に問題があるにせよ、天才であることは間違いない。
「くそっ……ユリアを護ると誓ったのに……!」
ふと、剣にユリアの赤い髪の毛がからまっていることに気が付く。
(ユリア……これを君の命だと思って、肌身離さず持っているよ)
ジグムントはその赤い髪の毛を自分の首飾りの中へと入れたのだった。
「ええ、ええ、精霊の子を捕らえたというのですね? よろしいでしょう。
精霊の力を、音素化すれば、精霊はもういらない世の中になります。
そして、音素は永遠にプラネットストリームとして循環し、尽きる
事はありません! ええ、なんて素晴らしいアイディアなんでしょう!
これで世界は救われるのです! 救世主サザンクロスの名は永遠に
この星に刻まれることでしょう……!」
(……やっぱり近づきたくない類の人間だな……)
ジグムントは、サザンクロスの研究所の手前で、聞こえてきた大声に
一歩後ずさった。
(精霊の子……? ランバルディアの赤い髪の一族のことか?)
聞いたことがある。ランバルディアには、精霊狩りで囚われていない
最後の精霊の子がいると。精霊の力を音素に変える……? そんな事が
可能なのか?
「あら、あなたはサザンクロス研究所に用事があるの?」
理知的で大人びた美しい女性が扉から出てきた。マッドサイエンティスト
ではなさそうな優しい雰囲気の女性だった。
「私もこの研究所で働いているのよ。博士に用事があるんでしょ?」
「あ……あの……。この手紙の文字を解読してほしいと思って……」
「私の名前はセラフィム。サザンクロス博士と、バルフォア博士は
私の教え子よ」
「もしかして、教授セラフィム……? バルフォアが良くお世話になったと
話していました」
「そう……。彼ももっと素直になればいいんだけど、彼の実力はここの
研究所に留めておくにはもったいない逸材だから、破門したの。彼は
それを誤解してしまっているままのようだけれど」
「そうだったんですか。どうやら彼は、ダアトに組みしてしまった
ようで、預言者ユリアを浚ってしまったんです」
「なんですって……!? ダアトに?! まさか……。そんなこと、しない
子なのに」
あのバルフォアを子、と呼ぶなんて。やはり彼女も只者ではないんだろう。
「ダアトは、マナの音素化に反対している。そんな処にユリアを
差し出したりしたら、ユリアは殺されてしまうんじゃないか!?」
「落ち着いて。事情を教えて頂戴。私達も協力するわ」
「助かります。そうだ、この剣の事もいろいろと調べてほしいんです。
この剣にはどうやら、魂が宿っているらしいので」
「魂の宿る剣、ね……興味があるわ。さ、入って頂戴」
「俺の名前はジグムント・ガルディオス。今まで近衛隊長を務めていました」
「そう……」
「今はユリアを護る為だけに闘っています!」
セラフィムは、ギラッと光るジグムントの瞳に、彼の本気を見たのだった。
「ええ……セラフィム教授がおっしゃるんでしたら、この手紙の解読
と剣の秘密を調査しますよ? ただし、ただという訳には行きません!」
「精霊の子を殺せとかいう話だったら、断固お断りだ」
「そうですか……。いや、そう言うと思っていましたが。いや、なに。
あなたのその剣の実力でしたら、あのバルフォアの生意気な長い髪を
短くする事もできるんじゃないかと思いましてね。あいつの無様な
姿を見たいのですよ。え? 別に嫉妬している訳じゃありませんよ?
私はセラフィム教授も認める、華麗なる研究者ですからね……!」
(認めたんですか?)
とセラフィム教授に視線を送る。セラフィムは即答で否定した。
「それはつまり、ダアトに向かえということだろう?」
「そういうことです。あいつの鼻をへしおってやるのですよ!」
「いいだろう。ダアトには言われなくても行くつもりだったから。
ユリアもそこに囚われているだろうし」
「その、ユリアという人物にも大変興味があります。未来を詠むんです
よね? 私の研究が正しいかぜひ聞いてみたいところです。うふふふ
ふ……」
正しい事を自分の中で認めてしまっているんだろう。
「さあ、手紙をよこしなさい……!」
態度がでかい。どこまでもでかい。
(この研究所に留めておく理由が分かりましたか?)
セラフィムの無言のメッセージがその視線で読みとれた。
「この文字は、限りなくランバルディア方面の文字に近いですね。
むしろ、断片的には一致する。もしかすると、精霊なら完全に読む
事が可能かもしれませんが。ただ、今にはない単語も幾つか見られる。
恐らく、”未来の文字”なのでしょう。ふふふふふ……我ながら
明答な解釈……!」
「未来の文字……か」
「内容を簡単に言いますと、チーグルの森に行け、とあります。
チーグルってなんですかね」
「チーグル……。魔物のような響きだな。獰猛なのか?」
「おそらく、森というからにはどこかの森なんでしょう。理由は
分かりませんがね」
質問の答えになっていない。もう慣れてしまったが。
「……セラフィム教授はご存じですか?」
「そうね……。この世界には、世界樹の名残だと言われる巨大な樹が
存在するけど、思い当たると言えば、そこぐらいかしら」
「世界樹ですか……。精霊の力が弱まった今、もう枯れ果てたという
話ですがね」
「ダアトにチーグルの森……。どちらかからに絞った方がいい気もする
が、その前にこの剣の事も」
「分かってますよ! そう、急かさないでください……! いいですか?
この剣には、マナではない気を感じます。どちらかというと音素的な……。
この剣がこうなったのはいつからですか?」
「ユリアに出会ってからかな」
「なるほど……。この剣に宿る魂とやらを実在化する事は難しい
でしょうが、この剣とあなたを同調させる事によって、会話をする事
ぐらいはできるようにしましょう」
「それは助かる……! この剣に宿る魂が何者なのか、知りたいんだ」
「ただ、失敗する可能性もありますよ? この剣の魂にあなたが
取り込まれる」
「……それでもいい。この剣もどうやらユリアを助けたいようだし。
どんな危険も顧みない」
「いいでしょう、その心意気。セラフィム教授、見ていてください……!
あのバルフォアを見返してやりますよ……!!!!」
この研究者には、世界の平和うんぬんというよりも、打倒バルフォアが
全てなんだろうな、とジグムントは悟る。それを有効利用できるか
どうかは、自分とセラフィム教授の手腕によるだろう。
「……バルフォア、さん?」
バルフォアの研究所にいた時から、意識が飛んでいた。ルークは暗闇の中で
どこにいるのか分からなかった。振動が絶え間なく続いている処を
考えると、どうやら馬車か何かに揺られているようだった。
「気がついたようですね? ユリア……これからあなたの意識を、
いえ、記憶を消す事をお許しください。我々の傀儡となってもらいます。
その赤い髪も、申し訳ございませんが脱色させてもらいます。精霊
に関わるのかと思われるのも面倒ですので」
「ジグムントさんは……? ガルディオスの宝剣は……??」
「申し訳ありません。私は、マナのある世界を滅ぼしたくないのです
よ……たとえそれが、ジグムント達と敵対する事になったとしても。
あなたの存在自体が、マナの敵なんです」
「……!」
ルークは怖くなった。味方だと思っていたバルフォアは、実は敵
だったのか……? ヴァン師匠の事を思い出した。
(大丈夫よ、ルーク)
別の意識が語りかけて来た。これは、本当のユリアの声。
(私が犠牲になるから)
(女の子をそんな危険な目に合わせるわけにいかないだろ……!)
(敵を欺くにはまず味方からってね。私の中にあなたはいたまま
だけど、これからは私が主体となって動くから)
(どうしてだよ! どうしていきなり今になって……)
(あなたはどちらが正しいと思う? 預言にしばられた音素による世界と
預言にしばられないマナの世界……)
(……)
ルークには判断できなかった。どちらも正しいようで、どちらも間違っている
気がした。
(あなたには、客観的に見ていてもらいたいの。考えていてほしいの)
(ユリア……)
(これが、あなたを生み出してしまった世界への私なりの償いだから)
だんだん、ユリアの意識が遠ざかって行く。
(ユリア、犠牲になるのは俺でいい……! あんたこそ、あんた自身の
目で、この世界を見つめていくべきだから……!)
(ルーク……私、あなたに生まれ変われる事を誇りに思うわ……)
(……)
自分はどうだろう。ユリアが前世である事を、誇りに思えているだろうか。
(じゃあさ、これはどうだろう? 二人で半分だけ意識を持っていかれる
っていうのは、さ。あいつをだますにはそのぐらいできないとさ)
(ルーク……)
(俺達は一蓮托生、だろ? ユリア)
(そうね。そうね……!)
自分自身に、ユリアの魂が溶け込んでくるのを感じた。これからは
ユリアとルーク、二人の魂がそこにある。
ルークはアッシュの事も思い出した。もう一人の自分。彼は今頃
どうしているだろうか……。影響は、ないだろうか……。
(……)
少女ナタリディアの後を追っていたアッシュは、不思議な感覚に囚われていた。
「どうしました? アッシュ」
フローリアンはアッシュを心配そうに見つめる。
「これは、屑の意識か……?」
「ルークは無事なんですね……!?」
「ああ……。だが、妙なんだ。あいつの意識なのにあいつじゃないような」
「ユリア、かもしれません。彼女に何かあったのかも」
「ぐずぐずしていられねえ……!」
「でも今は、彼女も心配です。一人にしてはおけない」
「一人で敵に殴りこみな処は、さすがキムラスカ=ランバルディア王族の
ご先祖様、だな」
アッシュはそんな彼女を誇りに思う。ナタリアにそっくりな処も含めて。
「しかし、精霊の子どもともあろう者が、なんでそんなに簡単に囚われて
しまったんだ」
「そのぐらい、マナの力がなくなりかけているということでしょう。
今にも消え入りそうなぐらい」
「……くそっ、簡単に歴史に介入できないっていうのに腹が立つ……!」
いざ歴史に介入しようとすると、自分達の存在は物を掴んだりできない
ようになってしまう。存在自体が揺らいでしまうのだ。
「チーグルの森に寄ってみてはどうでしょう。ただ闇雲にナタリディア
を追うより、何か手立てがあるかもしれません」
「チーグルの森、だと……?」
「僕はチーグルと契約しています。チーグルの力を借りれば、少しは……」
「まだ、ユリアと契約していないチーグルに、なんの力がある……!」
「でも、僕とは契約しています。大丈夫」
「そう簡単に行くものか」
「おそらく、長老ならもう生きているかもしれませんね」
「…………」
チーグルの生態についてとやかく言うつもりはない。
「チーグルの森の大樹は、世界樹の名残だと言われているんですよ?」
「…………」
そうか。フローリアンは、チーグルの力、というよりも、世界樹の力を
利用しようと思っているのか……?
「マナも音素も、どちらにしても世界樹から派生したものと僕は
考えています。世界のあらゆる断面を思えば。もしかすると、未来への
帰り道も、その樹かもしれない」
「……」
アッシュはおとなしくチーグルの森へ向かう事にした。
「ただ、問題なのは、そこまで行く手段がないということだな。
アルビオールでもあればいいんだが」
「あなたが作ればいいんじゃないですか? アッシュ」
「ガイでもあるまいし、そんな知識なんかねえよ」
「知識なら、僕の頭の中にありますよ。あなたは組み立てる事に
専念してもらえれば」
「……」
「この世界に何か残したい。そう思いませんか? アッシュ」
「……てっとり早くやっちまうぞ」
アッシュはさっきから感じる違和感に戸惑っていた。まるであいつ……
ルークに取り込まれていくような……。常に付きまとう苛立ちが
なぜか消えて行く。
(……ちっ、まさかあいつ化してくわけじゃないよな、この俺が)
わざと悪態をついてみた。だが、しっくり来ない。
(……なんなんだ、いったい……)
はらはら、と前髪が落ちて来た。いつもはきっちり固まっているはず
なんだが。
「……ルーク……?」
フローリアンが不思議そうに自分の事をそう呼んだ。
「…………フローリアン、俺の顔は今あいつに見えるか……?」
「ええ」
「……そうか。……あいつは、世界そのものを騙そうとしているらしい」
「どういう事なんです?」
「俺ん中に、逃げ込んで来やがった…………ユリアともども、な」
「…………!」
「事情はだいたい呑み込めた。ユリアの力もあれば百人力だ……!
あいつは、どうやら、思い描いたものを実現化させる能力も持っている
らしい。アルビオールも、ユリアシティも、タルタロスも、そうやって
創りだしたそうだ。設計図だけじゃダメな部分があるらしい」
「そうだったんですか……! だから、あんな不思議な構造を持つ
ユリアシティも建造できたんですね……!」
「ユリアもいるんだったら話も早い。とっととチーグルの森に
向かうぞ!」
(まさか、こんな手段が残っていたなんて)
ユリアはアッシュの心の中で驚いていた。
(あいつは俺の同位体なんだ。というか俺が、そうなんだけどさ。
これぐらいしか思いつかなくて。不甲斐なくて、ごめん)
(これで、私の体自体は人形も当然ですね。なんの力すら持っていない)
(ユリア……あんたも、この世界に何かを残せるんじゃないか?)
(そう、かもしれませんね)
(ただ、ジグムントさんがこの事に気がつけばいいんだけど)
(彼ならすぐに気がついてくれると思います。あなたが残した
手紙のおかげで)
(ジグムントの処には、ガイもいるだろうしな!)
ガイなら、自分達の処まで暴走しがちなジグムントを導いてくれるだろう。
(……)
ユリアは、ルークの事を羨ましく思っていた。彼にはガイがいる。
だが、ジグムント・ガルディオスは、あくまでもルークの事を見ているのだ。
(大丈夫だよ、ジグムントさんは、ユリアさんの事も見ていてくれる、よ)
ルークは言う。
(だって、俺達は同じ魂を持つ者同士、だろ?)
自分の作り出した預言の世界を覆してくれる存在。彼がいるから、
この世界をまた、できる事の中で導ける、ユリアはそう思った。
(ごめんなさい……。私はいつか、あなたを騙す事になるかも
しれないけれど……。ごめんなさい…………)
ルークが救うはずの世界すら、正しい事なのか分からない。
いつしか自分達の正論は覆されてしまう。歴史とはそういうものだ。
だって、私は……私達、は…………
ローレライと組みする者、だから。
(……バルフォアさん、か。会えるものなら会ってみたい。
でも、俺一人じゃどこにも出歩けないし、誰とも話が出来ないし。
結局、ガルディオスさんに頼るしか、ないんだよな……)
ルークは、ガルディオスにあてがわれた部屋の寝室で悶々としていた。
(そもそも、ユリアさんは話もする事が出来なかったのに、
どうして預言を読むことができたんだ? わかんねー……)
口を動かしてみるが、やはり声が出なかった。
(ガルディオスさんが、俺とのやりとりの方法を見つけてくれたから
いいものの、他の人とはどうしたらいいか分かんないし……)
ある意味、何も見る事が出来ないのでこの世界になじめたのかも
しれない。きっと、いつもの自分のままだったら、パニックに陥って
いただろう。
(みんなも心配してるだろうな……。それに、アッシュも……。
そういえば、宝珠の中に飲み込まれてこうなったんだったっけ……。
だとしたら、逆に出られる方法もあるはずなんだけど)
「!?」
急に何かに口を押さえられた。
「!?!?!?!?」
ルークはジタバタと暴れる。今の体は女性であるだけに、抵抗することが
できない。叫んで助けを呼ぶ事もできない。
「しっ、静かに。私ですよ」
「……?!」
まさか、こんなところで聞き覚えのある声を聞くとは思わなかった。
(ジェイド……!? なんで……?!?!)
「こんな夜更けに女性の部屋へ忍びこむなど、普段の私ならしない事
なのですが、どうしてもあなたの事を知りたかった」
……ジェイドじゃない? だとすると。
「私は、バルフォア。失礼、電気を点けさせて頂きます。
ガルディオスは生真面目な事があって、好いた者には手を触れさせない
処がありましてね。どうせ、私と会うななどと釘をさされた事でしょう」
(似ているな、ジェイドに)
きっと、見えていたのなら、彼がルークの知っているジェイドと
レプリカ以上に似ていると思っただろう。
「いや、あなたが叫び声をあげなくて、本当に助かりました。
ただでさえ、警備が固いのでね。ま、抵抗するのであれば容赦なく
反撃するまでですが」
(……)
「私は治癒の力も持っています。まぁ、マナや音素に頼らない方法で、
ですが」
「!」
ルークは嬉しさのあまり抱きついてしまった。話ができないのなら、
態度で表わすしかない。
「そんなに感激されるとは……。その代わりと言ってはなんですが、
あなたの、その、第七音素の力をお借りしたい」
(ただで済ませない処もそっくりだぜ……)
ルークは冷や汗をかいた。
「私の仮説が正しければ、あなたのその第七音素で世界を救えます。
今この世界は、マナが枯渇しようとしている。いわば、もうすぐ
滅びる世界。私は、第七音素の、可能性を信じたい。第七音素は、
破壊と再生の力を持つ、心の意思のようなもの。再生の力があれば、
この世界は救われる」
(そうか。この世界は、これから障気に飲み込まれてしまうんだ……)
アクゼリュスのような事が、星全体に起きようとしているのか。
「”救われる未来”を我々の手で創りだすのですよ」
(……?!)
一瞬、預言の事か、と思う。
「石に、”正しき道”を文字として刻みこむ。人々はそれに従う。
そうすれば、世界は滅びる事はない」
(そういえば、なんで預言が石で読めたんだろうって思っていたけど)
「その文字を、あなたが預言として詠んだ事とする。話が出来るように
なった事と引き換えに」
(……なんか、ユリアの気持ちが分かったような気がするな……)
きっと、ユリアという存在は、世界が作り出したんだ。当時の人々の
手によって。
「そこまでだ、バルフォア! ユリアを離せ……!!」
部屋の扉が大きな音を立てて開き、ガルディオスが駆け寄って来た。
剣が鞘から取り出された音がする。
「邪魔が入りましたか。しかし、たとえ友人だとしても、今回ばかりは
譲れません。ガルディオス、あなたは世界を滅ぼしたいのですか。
この者の力がなければ、世界は滅ぶのですよ!?」
「どうせ、お前の事だ。ユリアの命を引き換えにするつもりだろう!?」
「ユリアと世界と、どちらが大切なんですか。ユリアが世界を救わなければ
ユリアが生きる世界もなくなるのです」
「うるさい……!」
「聞きわけの悪い子です。……タービュランス…………!」
ルークは呪文と共に、抱きかかえられた。
「くそっ」
ガルディオスはその場に動きを封じられたのだろう。
「ユリア、お前を必ず助けに行く! この誓いにかけて……!」
「ガルディオスも、悪い男ではないのですが、眼の前のもの以外
見えなくなる事がある。困ったものです。それにしても、会話が
出来ないのはやはり不便なものですね。あなたがこちらに来て
くれたお礼です。簡易的でありますが、目と言葉を治してさしあげ
ましょう。数日、かかるとは思いますが。何、新しい目とのどを
入れ替えるのですよ。譜石でね」
(……)
どうやるのかまでは怖くて聞けなかった。深い事情は知らない方が
いい。きっと、音機関のようなものなんだろう。
「痛くはありません。ま、少し辛い事があるかもしれませんが、
そのうち平気になりますよ」
(騙されちゃいけない。こういう時は、絶対に痛くて辛いに
決まっている)
「不思議なものです。たいがい、私と初対面でやりとりをする者は
怖がるものですが、あなたは肝が据わっている。むしろ、私を
知っているかのように。ま、理由は後で詳しく話して戴きましょう」
数日後、ガルディオスが救出して来る事もなく、バルフォアによって
”治療”が行われた。ルークは改めて、自分自身の姿を鏡で見る。
(ティアに全然似てない。むしろ、俺がそのまま女性になったみたい
じゃないか……?)
新しい目も、のども、譜石によって作られたものらしい。全然違和感は
なかった。痛みを感じる事もなかった。ただ、時折、心の中が何も
感じなくなる事があったが。
「あ……あ~~~~~」
声には違和感があった。ティアよりもアニスよりも声のトーンが高い。
一番近いと思ったのは、屋敷にいるメイド達じゃないか?
「どうです? 不自由のない生活は」
「あ…りが……とう……」
なるべく、女性のような話し方をしないと、疑われるかもしれない。
「さて。あなたの事をいろいろと知りたい。まず、あなたは
何者で、なぜ第七音素を持っているのか。まぁ、未知なる音素を
あえて第七音素、と言っているわけですが」
「み・・・らいから・・・・・・来たの」
どこまで話していいのか分からない。でも、この人物には全てを
話しておかなくてはならない、とルークは思った。
「世界・・・が救われた・・・・・・あとの世界から」
現状、ルークのいる世界は救われたと言えないが、彼らから見れば
救われているだろう。
「……!」
バルフォアは目を見開いた。ルークは、彼が眼鏡を外した大佐にしか
見えなかった。
「あなたに、そっくりな、人を知ってる」
「……」
「あなたが言った、預言の事も知ってる」
「そう、だったんですか……。これは、運命と思うしか……。
我々は、どうやって世界を救ったんですか」
「外郭大地」
「……なるほど、その手が…………!」
バルフォアは、感激のあまり、片手で口を押さえて肩を震わせていた。
「でも、どうやってできたのか分からない……」
「あなた方でも、すべてを知っているわけではないのですね」
「ごめん……なさい」
「ユリア、あなたが知っている預言を、ぜひあなたの手で譜石に
刻んでください。……その、超振動の力で」
(……!)
ルークは驚いた。そうか、超振動によって預言は刻まれたのか。
人々はきっと、その行為を、「文字が現れた」と思ったのに違いない。
そして、その夜、彼はやって来た。二階の窓だというのに、剣を
使って登って来たらしい。
「ガイ……!? 違った……ガルディオスさん……!」
ルークは走り寄った。案の定、ガルディオスは、ガイとそっくりだった
のだ。ただ、ルークの知っているガイとは違い、頑丈な鎧を着ていたが。
「また、この剣に教えられたよ……。お前が、ここにいるって」
「私……、声も目も治ったの……!」
「そうか、良かった! でも、お前があいつに利用されるのは
がまんならない。今すぐここから出よう……!」
(ガイ……? ガイ、って言わなかったか? 彼女は)
ガルディオスの手の中で、ガイは目の前のユリアを見つめた。
(まぁ、彼女は預言者なんだろうから、知っていてあたりまえだろう
けど、でも、ガルディオスを見て、ガイって言わなかったか……?)
彼はガイにそっくりだ。自分でも驚くほど。そんな彼を見て言ったのだ。
ガイ、と。
(人間じゃないってのは、不便なもんなんだな……)
ガイはじれったくて仕方ない。もしかして、彼女の中にルークが。
(もう少し、様子を見よう。もしルークだとしたら、何がなんでも
守らなきゃな。こいつにも、強くなってもらわなくちゃ)
「…………う、わ!」
「どうした、ユリア……!」
ルークは、ローレライからの通信の時に起きる頭痛に似た痛みが
突然走り、蹲った。
「いけませんねえ、彼女をここから離すのは」
「いったいユリアに何をした……! 眼とのどを治すだけじゃなかった
のか……!?」
「私から離れたり、第七音素同士のやり取りが見られる時に
頭痛が起きるようにさせました。共鳴を利用して、ね」
「なんだって……!? ユリアがかわいそうじゃないか……!?」
(ルークが、ローレライとの通信の時に頭痛をおこすのと似てないか
……?)
ガイは蹲ったまま動けない彼女を心配する。
「私からすれば、かわいそうなのはあなたの方です。あなたは
世界を敵に回す気ですか?」
「彼女を救えない世界が、すばらしいなんて思えない!」
「すでに、帝国は、彼女を預言者として迎え入れる用意ができています。
あなたは我々に従うしかない。そうでなければ、近衛隊長の地位を
剥奪します。その剣とともに」
「…………卑怯な…………!」
「卑怯? あなたの個人的な感情だけで、世界を滅ぼすのと、どちらが
正しいというのです……?」
「…………」
「痛い……っ ああーーーーっ!」
ルークは叫び声をあげた。このまま痛みが続けば、気を失いそうだ。
ローレライからの通信の時のレベルではない。
「……分かった」
ガルディオスは項垂れた。
「俺は、この剣と近衛隊長の地位を捨てる。その代り、彼女を助ける」
「馬鹿な男ですね。私から離れれば彼女は苦しみ続けるだけですよ?」
「そうか。ならば、お前は、彼女が苦しみ続けているのを平気で見て
いられるのか……?」
「……っ」
今度はバルフォアが躊躇する番だった。
「ふっ。やっぱりな。俺とお前は、ライバル、っていうわけだ。
バルフォア、提案がある。お前は俺の事を毛嫌いしているようだが、
俺を、近衛隊長ではなく、傭兵として雇用してほしい。俺だって世界を
滅ぼしたくない。だから、彼女を苦しませなくてもいいような世界を
創る事もできるはずだ。お前が彼女から離れないのなら、俺も彼女から
離れない」
「考えましたね。確かに、私は傭兵も欲しい。だが、ガルディオス、
これはイバラの道ですよ。ダアトを敵に回すことになります。
分かってますか?」
「分かっているさ。あいつらがユリアを浚おうとした時から、あいつは
俺の敵だ! いや、俺達、かな」
「やれやれ……。彼女よりも陛下の近衛隊長として腕を奮ってくれたら
良いものを」
「陛下は、近衛などいなくとも、百の兵に匹敵する実力をお持ちですよ。
何しろ、あなたともあろう者が頭があがらないんですから。それに……」
ガルディオスは、ガイとうりふたつのほほえみで、にっこりと笑った。
「ユリアを治してくれて、ありがとう」
「……言われるまでもありませんから」
気を失った彼女を、ガルディオスは抱き上げてベッドへと連れて行った。
「ガルディオス、さん、ありがとう」
やっと楽になったルークはじっと彼を見つめる。
「今更、さんづけはよしてくれ。それに……」
「俺の名前は、シグムント、だ」
(まさか、シグムントに会えるとはな……それに……)
ガイは考える。
(シグムントに剣を教えたのって、俺になるって事じゃ……?)
今のところ、アルバートの姿は見えない。いずれ姿を現すだろう。
もしかすると、ダアト側にいるのかもしれない。なんとなく、どんな
姿をしているのか、想像できた。
(でも、この世界の人達は、この世界の人達なりに、理想郷を
創りたかったんだな……)
ガイは、ユリアを眺めながら思う。
(ルーク、もし、お前がユリアの中にいるのなら、俺に気がついて
ほしい。せめてそれだけでも)
「その宝剣を今日貸してほしいの」
「どうしたんだ? 急に。まぁ、前から、その宝剣の事を気にいっていた
みたいだが」
シグムントは剣をユリアに渡す。
「まあ、寝ぼけてぼーっとしながら剣を振り回したりはするなよ?
せっかく良くなったんだから」
「分かった」
「じゃ、おやすみ、ユリア」
シグムントもやっと安心したのだろう。その部屋から出て行った。
今度は窓からではなく、入口から。
ルークはシグムントがいなくなったのを見届けると、剣を握りしめる。
「なあ、俺はどうしたらいい? 俺は、あの世界の事をそのまま預言に
記すべきなのか……?」
(……やっぱり、そうだったのか……)
ガイは、やはりルークであった少女を見つめた。
「でも、その通りに書かないと、この世界は滅びてしまう。ガイ
だったら、どうするだろうなあ。ジェイドだったら……」
ガイは、ルークが自分だと気が付くよう、剣を光らせた。
「励ましてくれるのか? ありがとな。
それにしても、ユリアさんには、さ? 両親っていたのかな。
どこにいるのかな。
なんで、何もユリアさん自身に関する情報がないのかな」
とすっとルークはベッドに行儀悪く寝っ転がる。
「やっぱり、ダアト達が言っていた”戦争”とかで……。ま、
とりあえず、バルフォアさんに聞いてみるしかないか。こうなるんなら、
もっと、創聖歴あたりのことを勉強してれば良かった……。ユリアさん
の事も」
ルークは宝剣に語りかけ続ける。
「なあ、お前に名前をつけてもいいか? ガイって」
(俺はここにいる……!)
ガイはルークに言いたくて仕方なかった。
(ルーク……!!!!)
俺だったら、お前がどんな姿になっても気が付けるのに。
たとえ、月になっても、花になっても。レプリカだとしても。
「お前なら、あっちの世界にいるガイ達に連絡とれるんじゃないかな。
ガイが持っているはずなんだから……」
ピカピカ、と点滅をし続ける。ガイ、と同じ回数を。
「……!」
ルークはやっと気がついたようだった。
「お前、もしかして、本当にガイなのか!?」
ピカピカ、と力強く光らせる。
「……ガイ……!」
泣きだす表情は、ルークそのものだった。ルークは剣を鞘ごと抱きしめる。
「お前だったんだ……! お前、だったんだ……!!!!」
ルークの顔はぐしゃぐしゃに濡れていた。何も語りかけられないのが
悔しい。
「お前も人の姿に戻れないか、バルフォアさんに聞いてみる!
何しろあのジェイドのご先祖様だぜ……!? 出来ない事ないはずさ……!」
ルークの笑顔が見れて、ガイは安心した。
「お休み、ガイ。明日からも頑張ろうぜ」
ルークは安心したのか、すぐに寝息を立てはじめたのだった。
「ガルディオスには気の毒かもしれませんが、彼女はダアトの元に
送ります。全ての記憶を消して、ガルディオスの事も忘れさせて」
バルフォアは、執務室で一人、文書をまとめながらそうつぶやいたの
だった。
「そうか。”あの二人”は、アッシュとナタリアにとっての試練だったわけか」
アッシュが、精霊の力を手に入れ、ナタリアと共に帰還し、ガイとフローリアンは
安堵した。
「やり方が気に食わなかったが……。その代わりとなりすぎるものも手に入った。
力だけでなく」
それが、ナタリアに関する事だと、ガイは悟る。
「なんか、お前、変わったな、アッシュ」
「そう、か?」
「ちょっと、こいつに似てきた」
膝上で守っている、宝珠と化したルークを見つめる。
「……っ」
アッシュは口元を抑えて耳を真っ赤にする。(ほんと、そういうところは
ルークと似ている)と、ガイは微笑ましくすら思ってしまう。
「お、俺は、自然に振る舞っているだけだが」
「……」
ガイはアッシュを見つめた。何かを探るように。だが、それ以上アッシュに尋ねる
事はなかった。
「アッシュ、疑問に思うことがあるんだが、俺は、こいつが宝珠になってしまった
時、似たような感覚をどこかで味わった覚えがある。こいつが、以前、目の前から
いなくなってしまったような虚脱感だ」
「……!」
アッシュは驚いてガイを見つめた。
「お前も、何かあったという感じだな」
「……」
「何があったというんですの?」
アッシュは、ナタリアに表情を見られないようにしながら、口ごもった。
「……俺は、自分が死んでしまうという、あまりにもリアルな映像と、あの
屑が目の前で消えてしまう映像を見た。あくまでも映像だ、と思うことにしている」
「……アッシュが、死ぬですって!? それに、ルークも……」
「バカバカしい。俺は現に生きているし、フローリアンだって目の前にいるだろう」
「そう、ですね……」
フローリアンは考える。
「ジェイドが何か知っているかもしれませんね」
「だが、迂闊に乗り込めば、すかさず宝珠を狙って来るだろう」
「もし、ジェイドもこの世界に訪れているのなら、何かしらの試練があるという
ことですよね? ですが、ここにいる彼は本人であるとしたら」
「……!」
フローリアンの仮説に一同はおののく。
「いかにもありえる話すぎて、もしそうだったらかえって好都合じゃありませんか。
ジェイドは私達の仲間ですし」
「それはどうかな……」
ガイは、宝珠を撫でながら、皮肉な笑みを浮かべた。
「仲間だからこそ、こいつを根元部分から救いたいって思うんじゃないだろうか。
俺達を敵に回してでも」
「うむ、そいつのためなら、今ある世界を壊してしまってもいいとさえ思うかも
しれない」
「アッシュ、意外ですね、あなたからそういう言葉が出るなんて」
「……ね、熱があるんだ!!」
ごまかし方が下手なところも似ています、とフローリアンは微笑む。
「俺の中に、屑を見るんじゃねえ!!」
「アッシュ!!」
顔を真っ赤にして、部屋を出て行った。慌ててナタリアが後を追う。
「ガイ、どう思いますか、今のアッシュのこと」
「精霊とやらも、粋なサービスをしてくれるというか。アッシュ自身、無自覚
なんだろうな。新しい力ってそこかというか」
「だと思いますね。仮に、”ルーク化”とでも呼びますか?」
「本人は絶対に嫌がるだろうがな。きっと、宝珠化したルークから、何かしら
影響が出たのか……」
「映像のことと、何か関係があるのかもしれません。しばらくアッシュの様子を
見ていた方がいいかもしれません」
「……」
だが、いかにも、先ほどのアッシュの言動は、ルークに似すぎていた。
「……いや、これ以上考えるのはやめておこう。何か、闇の中へ落ちて行きそうな
感覚がある……。お前はこの宝珠の中にいる、そうだろ?」
でも、なんだろう。「お前を見捨ててしまった」という罪の意識が沸き起こってくる。
その時、ガイの脳裏に映像が浮かび上がった。
絶対忘れられそうにない夕焼けの中で、仲間達と一緒に、ルークを一人置いていく。
しかも、意図的に……。今、アッシュが持っているはずの宝剣を、ルークが手に
していた。
「なんなんだ、この映像は……!」
ガイは呼吸困難に陥りながら、頭を抱え込んだ。
「ガイ、大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」
フローリアンを見つめる。だが、ガイにはフローリアンが、光の集まりにしか
見えなかった。
「……!!!!」
次に見えたのは、ルークの胸の中で、”イオン”が消えゆく映像だった。
「……!」
「ガイ……!?!?」
「……これは、”昔あったこと”だとでも言うのか…………?」
ガイの顔は真っ青だった。
「じゃあ、今ここにいるルークは……?」
「ガイ、何を言っているんですか?」
フローリアンは、正気に戻らないガイを心配し続ける。
「いや、”俺達”は…………?」
「はい、そこまでです、ガイ」
聞き覚えのある声に、我に返る。なんと、出て行ったはずのアッシュとナタリアの
気を失わせて連れて来たジェイドが、無敵の笑みを浮かべていた。
「いくら私が説明しても、偽物の私だと信じてくれなかったので、気絶して
頂きました。面倒な事にしたくありませんでしたので♪ まぁ、アッシュにいたって
は、多少面倒な事情にすでになっているようでしたが……」
「……ジェイド? 偽物の方……?」
「本物がこっちで大暴れだなんて、大佐らしいと思うよねー。私も全然
気が付かなかったよ!」
「アニス……!!」
大佐の後ろからは、アニスがひょこっと顔を出している。フローリアンは安堵
した。
「どうやって、こっちの世界に……?」
「いえ、ユリアロードを使ってみたのです。今のユリアがこちら側にいるというの
なら、ユリアロードもつながっているんではないかと思いまして」
「……」
納得いくようないかないような、とガイは冷や汗をかく。
「あんた、本当に、偽物なのか?」
「本物だろうと、偽物だろうと、私は私ですしね。劣化なんてするはずはありません。
まぁ、レプリカだったとしてもでしょうけど」
たいした自信である。
「ガイ、ついでだから言いますが、ルークが劣化してしまったのは、私の責任では
ありません。そう育ててしまったあなた方にも多少は責任がありますが、ヴァンと
ディストがあらかじめそうなるようにしむけたのでしょう。まぁ、7才の子にしては
天才だとは思いますがね。私が作れば、アッシュと性格も変わらぬ存在になって
いたでしょう。いえ……もっとかわいくしてしまうかもしれませんね♪」
「……ディスト……」
「ちなみに、多少陛下の性格もブレンドさせたようです。なんの復讐かは知りません
が」
キラッと、メガネが光る。
「……ルーク……かわいそうに」
今宝珠になっても、その話を聞いているのだろうか、とガイは涙する。
「だが、なんであんたがそこまで事情に詳しいんだ。偽物なんだろう?」
「偽物、と言えば多少語弊があるかもしれません。その点に関して言うとすれば、
あなた達だって、私と同じと言えます。私は、あなた方とずっと旅して来た
ジェイドですよ」
「それは、つまり、オリジナルとレプリカ、という問題ではないということですね」
フローリアンも傍に座って話を聞く。
「例えば、フローリアン。あなたは、”フローリアンとして生きていく事を
選んだイオン様”と言えます。だが、この世界ではあくまであなたはあなたという
存在です」
「だとすると、”ルークの目の前で消えてしまったイオン”もいるわけだな」
ガイも先ほど見てしまった映像を打ち明ける。
「おそらく、あなた方……アッシュとガイ、そして私の本人……ややこしいですね、
は、内側の宇宙から来た存在の可能性がある」
「……内側の宇宙……?」
「つまり、”ここ”は、外殻宇宙だと言えるわけです。宝珠で作られていない世界も
含めて」
「外殻……宇宙? 外殻大地だけでもスケールのでかい話だと思うのに、とんでもない
世界だな」
「あなたは、レムの塔が、宇宙へ飛び出すものだったと言う話を聞きませんでしたか?
それは、星空のある宇宙という意味ではない」
「……レムの、塔……」
たくさんのレプリカ達……自分の姉を含めた存在達を思い出した。
「こんな話があります。食卓に乗っている卵の殻をやぶったら、別の宇宙があった。
いえ、逆ですね。宇宙の果てを破ったら、卵の殻から別の世界へと出てしまった」
「……」
「箱庭です。……この世界は、箱庭のようなものなんです」
ガイは、箱庭、と聞いて、ルークの部屋を思い出す。
「この世界の果てを飛び出してみたら、ルークの部屋に戻って来た……案外、
そういう事なのかもしれません。あの子はまだ、あの部屋の中に、閉じ込められた
ままなんです」
「……閉じ込めてしまったのは、俺だったのかもしれないな……今も……」
ガイは、宝珠を握りしめた。
「ルーク、俺は、あの時、お前を置き去りにした事を後悔していたんだ……。
アクゼリュスの時はお前の事を見捨てなかった。だけど、世界を救うことを
引き換えに、お前を……裏切ったのかもしれない、永遠に……」
「そういうことか」
やっと、アッシュとナタリアが目を覚ます。
「なんとなく、話は聞こえていた。そうだ、俺は……」
「言うな、アッシュ。お前は、あいつのメッセンジャーとしてあの時あの場所に
訪れたんだろう」
はっきりと、思い出した。内側の宇宙での出来事を。
「俺は……屑を……いや、俺の記憶の一部……を、ローレライと共に外殻宇宙へと
解放させた」
俺の記憶の一部、とは言うまでもない。
「あいつもローレライと同じようなものだ。ローレライを解放するということは、
あいつを解放する、と同じようなことだろう。あの時、ローレライにはお前らの
願いが聞こえていたようだよ。それは、ルークとも一緒だった」
「ルークと同じ願い……この、世界が、か?」
「まぁ、そういう事にもなるかな。”もう一度、みんなとやり直したい”って
いうことだった」
「……!」
ガイは溢れそうになる涙を片手で隠すように抑えた。
「それから、おまけついでに教えてやろう。……アクゼリュスにいた人々は、ヴァン
達によって造られた、レプリカだったそうだよ。すでに、あの地域では毒によって
人々は死に絶えていたそうだ。そんな、事実も知らせれなかったわけだ。まぁ、
レプリカがその事を知ったら、さらに罪悪感に悩まされるとは思うがな」
「……」
真実を知ったところで、ガイ自身の罪悪感が減るわけでもなかった。
「アッシュ、ローレライは、解釈を間違っていると思うぜ。その願いは、外殻宇宙
を造る事でしか、叶えられないとでもいうのか」
「その時点では、その方法が思いつかなかった。今もそうだろう」
「さっきのジェイドとの話で、ルークが今もずっと居続ける場所がある」
「……何?」
「屋敷だ。あいつは、どこの世界へ行ったとしても、そこに居続けているんだ。
俺達の手で、解放してやらなくちゃならない」
「……」
アッシュは、自分の胸を押さえて考える。確かに、目を閉じれば、目の前に
広がるのは屋敷であった。
「ルークは昔から、隠れるのが得意だった。今もきっと、部屋のどこかに
隠れているんだ」
「おい、じゃあ、今までのルークは……」
「外殻宇宙のルークもルークだろう。だけど、俺にとってのルークは、俺自身が
どんな世界へと言ったとしても、あいつ一人しかいないんだ。いくつもの宇宙が
出現したとしても、俺にとっての宇宙は、一つしかない……」
「それでいいのか!! お前が望むのなら、今てのひらの中の宝珠にいるルークを、
内側へと運ぶこともできる!」
「望んじゃいない。この世界のルークはこの世界で存在するべきだろうし、
俺の世界のルークは、ただ一人だけだ」
「……」
アッシュは脱帽した。この自分ですら、ルークに同化することはかなわぬと
断言されたようなものだったからだ。
「だけど、この世界のルークはルークで、大切だから、この世界にいる内は、
ルークと同様に守ってみせるよ」
「話は落ち着いたようですね」
今まで黙っていた大佐は、にっこりと笑う。
「では、まいりましょうか」
俺は……この決断に気が付くまでに、こんなに多くの時間を必要としたのか……
とガイは思う。もう一度、ルークと世界をやり直して、それでもなお、もしかすると
この先もルークをまた失うことになっていたのかもしれない。
俺は、”あの日々”に戻りたいのか? ルークと屋敷で過ごした日々を。だが、もう
自分はあの屋敷で仕様人としては過ごせない。だとしたら、どうしたらルークの
心そのものを救うことができる?
あの時、縄をつけてでも、ルークを一人にさせないべきだったんだ。
たった一人で消させるのではなくて、せめて、自分の隣にいさせるべきだったんだ。
手を差し伸べるべきだったんだ。
世界を救うことができたのに、たった一人の小さな子供を救うことができなかった
……。まだ、7年間しか生きていなかった、子供を。
最低だ……親友として、育ての親として、最低だ……ガイは後悔がやまなかった。
自分は、この世界で、自分の罪から逃れようとしていたのかもしれない。
「待っているだけじゃ、だめなんだ」
決意を固めるように頷く。
「自分で、見つけ出さなきゃ、前に進めないんだ」
なぜ、あの時の自分は、待っていることしかできなかったのだろう? いや、
その間も、世界をあちこち探して回っていた。でも、本当にルークがいる場所に
気が付かなかったんだ。
そうだ、あいつは、今もまだ、屋敷の中で、俺の帰りを待ちながら、
泣きじゃくっているんだ。俺の名前を呼びながら。
宝珠の中の世界から抜け出したら、元の世界へと戻ろう。
この世界、俺がいなくなっても、大丈夫だろう。この世界のルークなら、
許してくれるだろう。寂しがらずにやっていけるだろう。ジェイドが……
支えてくれるだろうし。
「そうか、ジェイドは……、自分でなんとかしようと、思ったんだな、あいつなり
に……」
この世界においては、一番の強敵はヴァンや作り物のユリアではなく、ジェイド
なのかもしれない。
「一番、敵に回したくない存在だけどな」
意識的に演技をするところもあるのがやっかいだ、と思う。意識的というレベル
を超えている。
「ったく、苦労が絶えないぜ」
今にはじまった事ではないので、諦め感がある。
(この世界や、今までの俺の生き方を否定するということじゃない。
だけど、この世界のルークも守って、俺のルークも、幸せにしてみせる……!
どんな世界だって、幸せになる権利はあるはずだ)
俺の命にかけて。どこの世界に行ったとしても、俺はルークを守ってみせる。
それが、俺の覚悟だから。